伝説
東日本大震災が起きることを、10年以上前の1999年に予言していたとして有名な漫画がある。『私が見た未来』(朝日ソノラマ)だ。
そのコミックスの表紙をご覧いただきたい。東日本大震災を明確に示す「大災害は2011年3月」という予言が書かれている。
この予言を書いたのは作者のたつき諒氏。彼女は未来に起きることが夢でわかるという。いわゆる「予知夢」(よちむ)だ。
たつき氏の予知夢は年月日まで当てられるほど正確である。これまでには次のような予言を行い、的中させている。
- クイーンのボーカル、フレディ・マーキュリーの死(1991年11月24日)
- 尾崎豊の死(1992年4月25日)
- 阪神・淡路大震災の発生(1995年1月17日)
- ダイアナ元妃の死(1997年8月31日)
- 東日本大震災の発生(2011年3月11日)
- 新型コロナウイルスの大流行(2020年)
ご覧のように、数々の大災害や著名人の死を予知している。たつき氏によれば、彼女の予知夢には「警告」の意味があるという。未来におきる災難を避けるための警告である。
残念ながら、これまでにその警告が実を結ぶことはなく、災難は避けられなかった。
しかし、たつき氏は今後に起きる大災害も予知している。2025年の7月に、東日本大震災を超える大災害が日本を襲うというのだ。
私たちは今度こそ彼女の警告に耳を傾け、来るべき大災害に備えるべきなのである。
謎解き
『私が見た未来』に関しては、少々、複雑な話があるので先に整理しておきたい。
まず同漫画は東日本大震災が起きて以降、ネット上で予言の書として知られていた。そんな中、作者の「たつき諒」を名乗る人物が匿名掲示板やTwitterに現れ、活動を開始。
やがてYouTubeやオカルトサイトや雑誌等でも、その予言が取り上げられるようになり、どんどん注目度が上がっていった。
2021年の古書市場では、『私が見た未来』の初版本に20万円以上のプレミア価格がつけられるほどの人気ぶりだった。
ところが2021年の6月、「たつき諒」を名乗って活動していた人物が、作者とはまったく無関係の偽者であることが発覚。
それまで本物の作者だと信じて、予言の情報やインタビュー記事を発表していたYouTubeチャンネル、オカルトサイト、オカルト雑誌などが謝罪に追い込まれる事態に発展した。
また、2021年7月に出版社を変えて復刊予定だった『私が見た未来』も、この騒動を受けて発売が延期となる。
けれども、このなりすまし騒動に際して作者本人が見つかり、同年10月には作者のたつき諒氏による予知夢の解説がついた『私が見た未来 完全版』(飛鳥新社)が刊行されるに至った。
本稿では、その『私が見た未来 完全版』(飛鳥新社)と、予言の出所になっている『私が見た未来』(朝日ソノラマ)の初版本を入手したので、それらをもとに話題の予言を検証していきたい。
尾崎豊の死と新型コロナウイルスの予言
まず、1999年に刊行された『私が見た未来』の初版本の内容は次のようになっている。
このうち、予知夢について描かれているのは165ページから190ページに掲載されている「私が見た未来」のみ(コミックスのタイトルはこの漫画からつけられている)。
あと予言の元ネタになっているのは表紙だけで、それ以外は予言と関わりがない。
意外に少ないと思われたのではないだろうか。私もそう思った。そのせいか、【伝説】で取り上げている予言のうち、尾崎豊と新型コロナウイルスの予言は、初版本にまったく出てこない。
これらの予言は、問題のなりすましが事後に創作したニセ予言だった。
阪神・淡路大震災の予言
それ以外の予言はどうだろうか。
ネット上の解釈によれば、阪神・淡路大震災の予言は、『私が見た未来』初版本の表紙に書かれているという。そこで表紙を確認したところ、以下の部分が該当するようだ。
阪神・淡路大震災が起きたのは1995年1月17日だったが、表紙の日付け「1995年1月2日」を15日ずらして、「荒れてヒビの入った大地」を地震後の光景と解釈すれば、予言は的中したとみなせるという。
だが、ちょっと待ってほしい。その下に描いてある「『連れてって』と言ったら『5年たったら迎えに来る』」や、横の「天使」と描かれている部分は無視していいのだろうか?
そもそも場所が明示されておらず、地震が起きるとも書かれておらず、日付けは「夢を見た日」であって災害が起きる日でもなく、それも15日ずれてもOKで、虫眼鏡を使わなければよく読めないほど小さな字で書かれているものが、はたして災害を警告する予言といえるのだろうか?
なお、表紙には5年後と書いてあるが、それは2000年1月2日。一般に世紀末と思われている1999年が終わってすぐの日付けになる。そこに荒涼とした大地と天使が加わるのであれば、連想されるのは世紀末にハルマゲドン(世界最終戦争)でもあって、キリスト教的なイベントが起きるということではないだろうか。
もちろん、実際にそんなことは起きなかった。そこで他にこじつけられるものとして、阪神・淡路大震災が選ばれたと考えられる。
ダイアナ元妃の予言
それでは、ダイアナ元妃の死を予言したと言われている方はどうだろうか。これも表紙の以下の部分が予言になっているという。
イギリスのダイアナ元妃(正しいスペルはDiana)が亡くなったのは1997年8月31日。
表紙には、「1992年8月31日に見た夢 ダイアナ?」という文字のほかに、赤ちゃんを抱く女性の絵と「DIANNA」という文字が書かれている。
そこから「ダイアナ」と「8月31日」が合っているので、彼女の死を予言していたものとみなせるという。
だが、またまた待ってほしい。5年もずれているのはOKなのだろうか? そもそも死を連想する部分が皆無なのだが、それもOKなのだろうか?
もしこれが許されるならば、ダイアナに関係する出来事が8月か9月に起きれば、当たりとしてこじつけられてしまう。
たとえば、1997年当時はダイアナの再婚問題が大きな注目を集めていた。もし彼女が8月か9月に再婚していたら?
ほかにも再婚後に3人目の子どもを産んでいたらどうだろう。子どもを抱いている絵は、まさにこの出来事を示していたのだ、と騒がれたのは目に見えている。
要するに解釈の幅が広ければ、その人物にまつわる出来事をいろいろ関連づけることができてしまうのである。
フレディ・マーキュリーの予言
この予言は表紙ではなく、『私が見た未来』初版本に収録されている同じタイトルの漫画「私が見た未来」に出てくる。
同書によれば、イギリスの音楽グループ・クイーンのボーカル、フレディ・マーキュリーが亡くなる、もしくはそれを暗示する夢を2度、たつき氏が見たという。
そして、そこからさらに5年後の1991年11月24日。フレディ・マーキュリーが病で死去。たつき氏は同年11月28日に、新聞を読んでフレディの死を知ったのだという。
これが、フレディ・マーキュリーの死を予言していたといわれるものである。
しかし、やはりここでも疑問が浮かぶ。15年や5年のズレはOKなのか? 日付けのズレも、これまでこじつけられていた5の倍数ですらない。
疑問は他にもある。たつき氏は初版本の183ページで、フレディの死を知った日は新聞を読んだ「11月28日」だったとしている。
ところが同じ初版本の177ページでは、当時友人と11月26日からイギリスへ旅行に行く予定があり、その出発二日前の11月24日に友人から電話がかかってきて、テレビをつけろと言うので見たら、当日に亡くなったフレディの死を知ったと書いている。
そしてイギリスへ旅行中は連日、現地でフレディの死が報道されていたというから、たつき氏が実際にフレディの死を知ったのは11月24日なのだろう。
しかしそうなると、新聞で知ったという11月28日は何だったのか、ということになってしまう。初版本の178ページと180ページでは、11月28日付けの新聞を紹介したり、2度目の予知夢の日付けと並べたりしている。
要は、日付けがピッタリ一致しているでしょう、ということらしい。
けれども、11月28日はフレディが亡くなった日ではなく、日本で最初にその死が報道された日でもない。さらに、たつき氏がフレディの死を知った日でもない。
とはいえ、もしかしたらその新聞が何か特別な可能性はある。そこで、当該の新聞を取り寄せて確認してみた。
以下は『私が見た未来』の178ページに掲載されている『英国ニュースダイジェスト』の紙面。
ご覧のように、本物の紙面ではフレディ・マーキュリーの死を報じる記事は全体の3分1ほどしかない。ところが漫画では1面のトップ扱いに誇張されている。
念のため版元にも問い合わせてみたが、フレディの死を報じる記事は11月28日号の中では上記の一部分だけで、特集扱いではなく、特別号でもないという。
つまり、わざわざ漫画の中で、この日付けの紙面を紹介する必然性はまったくないということである。
もし何か意図があるとすれば、たつき氏が2度目の夢を見た日付け「1986年11月28日」に意味があるように読者に思わせたかったということだろう。
しかし繰り返すが、11月28日はフレディが亡くなった日ではなく、日本で最初にその死が報道された日でもなく、たつき氏がフレディの死を知った日でもなければ、特別な新聞記事が載った日でもなかったのである。
東日本大震災の予言
最後は最も有名な東日本大震災の予言。この予言は『私が見た未来』初版本の表紙に書かれている。
これを見れば当たっているように見える。しかし、情報が少なすぎる。本編の漫画ではどう描かれているだろうか……と思って確認してみると……
何もなかった。冗談ではなく、この東日本大震災の予言とされるものは本編に一切登場せず、表紙にある11文字だけしかなかった。
『私が見た未来』完全版の解説によれば、「2011年3月」という年月は『私が見た未来』初版本の締め切りの日に、たつき氏が夢で見たものだという。それを急遽、表紙に載せたのだという。
けれども時間があったら漫画にできるような予知夢だったのかというと、そうではないらしく、初版本の22年後に出た完全版の方でも東日本大震災の予言についての漫画や、それのもとになった夢日記は掲載されていない。
これでは情報が少なすぎて、ただのまぐれ当たりの可能性が捨てきれない。
そもそも、『私が見た未来』初版本の表紙で最も目立つ予言は富士山の噴火を描いたものである。
表紙には、「1991年8月20日に見た夢」「絵はがきみたいなきれいな富士山」「すごい急いで雲がぐるぐる周りながらふきだした」「雲がぶあ~と吹きだしてきたと思ったら富士山が噴火したものすごい音」「ドーン」と書かれている。
しかし、ご存知のように富士山は噴火していない。つまり、この予言は外れている。
ただし表紙でメインになっているこの富士山の噴火予言は本編の漫画には登場せず、代わりに本編でメインの扱いになっているのは、1981年に見たという津波の夢である。
その夢に出てくる時期は1996年か1999年の夏で、それぞれの年には意味があった。
1996年は「私が見た未来」が単行本に収録前の雑誌『ほんとにあった怖い話』の9月号に初めて掲載された時で、漫画の中では登場人物の一人が、「96年だったらさ!今年の夏ってことになるわよ!」と言っている。
また1999年の方は、『私が見た未来』初版本が発売された年で、月も8月だった。つまり、どちらも「1996年か1999年の夏」という漫画の話と重なる時期で、漫画のラストも次のセリフで終わっている。
津波の原因は私にはわかりません
津波に襲われた町がどこなのか?
単なる夢でおわるのか? 予知なのか? は
―もうすぐわかるから……
「すぐ」が強調されているのは実際の漫画のとおりで、結局「私が見た未来」という漫画にとって最も警告したかった予言の中身は、「1996年か1999年の夏に起きる津波」だったことがわかる。
ところが、どちらも現実には起きず、予言は外れてしまった。結果は「単なる夢」だったのである。
ちなみに『私が見た未来』初版本の表紙には、これまで取り上げたものの他に、以下の日付けも書かれている。
- 1994年7月2日
- 1995年6月12日
- 1995年11月26日
- 1999年8月2日
- 年不詳7月15日
幸い、これらの日付けに大災害などは起きていない。しかし、これらも今までのように年や日付けをずらすこともできる。
たとえば年の場合は5年、15年、30年ずれてもOKだし、日付けは4日や15日ずれてもOKだとされている。
すると上記の日付けも次のように範囲が広がる。
- 1994年7月2日
- 1994年7月6日
- 1994年7月17日
- 1999年7月2日
- 1999年7月6日
- 1999年7月17日
- 2009年7月2日
- 2009年7月6日
- 2009年7月17日
- 2024年7月2日
- 2024年7月6日
- 2024年7月17日
- 1995年6月12日
- 1995年6月16日
- 1995年6月27日
- 2000年6月12日
- 2000年6月16日
- 2000年6月27日
- 2010年6月12日
- 2010年6月16日
- 2010年6月27日
- 2025年6月12日
- 2025年6月16日
- 2025年6月27日
- 1995年11月26日
- 1995年11月30日
- 1995年12月11日
- 2000年11月26日
- 2000年11月30日
- 2000年12月11日
- 2010年11月26日
- 2010年11月30日
- 2010年12月11日
- 2025年11月26日
- 2025年11月30日
- 2025年12月11日
- 1999年8月2日
- 1999年8月6日
- 1999年8月17日
- 2004年8月2日
- 2004年8月6日
- 2004年8月17日
- 2014年8月2日
- 2014年8月6日
- 2014年8月17日
- 2029年8月2日
- 2029年8月6日
- 2029年8月17日
- すべての年の7月15日
- すべての年の7月19日
- すべての年の7月30日
……書いているだけで疲れたので、どんな出来事とこじつけられるかは各自がやってください。
それと『私が見た未来』の完全版によれば、たつき氏の最新警告予言は2025年7月に起きるとされる海底噴火にともなう大津波だという。
とはいえ、これも5年、15年、30年とズラせるのだから……
そのたびに、たつき氏の警告に耳を傾k…………って、もういいよね? おなかいっぱいです。本当にありがとうございました。
【参考資料】
- たつき諒『私が見た未来』(朝日ソノラマ、1999年)
- たつき諒『私が見た未来 完全版』(飛鳥新社、2021年)
- 『英国ニュースダイジェスト』(英国ニュースサービス、No.310、1991年11月28日付け)