伝説
1943年10月、アメリカのペンシルベニア州フィラデルフィアにある海軍の工廠 で、奇妙な実験が行われた。それは護衛駆逐艦エルドリッジ(DE-173)を超強力な磁場の中におき、外部から見えなくするという透明化の実験だった。
ところが実験が始まると異変が起きた。突然、緑の霧が現れ、オゾンのような臭いが立ちこめるとエルドリッジは透明化を通り越し、その場自体から完全に姿を消してしまったのである。
エルドリッジはどこへ行ったのか? その船体が姿を現したのは、フィラデルフィアから約340キロも離れたノーフォークの軍港だった。その間わずか数秒。そしてまた数秒後にはフィラデルフィアに戻ってきたという。エルドリッジは瞬間移動してしまったのである。
しかし、驚くべきは瞬間移動だけではなかった。フィラデルフィアへ戻ってきたエルドリッジの船内では悲惨な光景が繰り広げられていたのだ。壁に埋め込まれてしまった者、炎に包まれた者、凍りついた者、そして中には完全に消えてしまった者もいた。
瞬間移動という予想外の出来事が引き起こした副作用だろうか。軍はこの惨事を隠蔽し、闇に葬った。そして不可視化の実験も中止にされたはずだった。
ところが実験はひそかに継続していたのである。場所をモントーク空軍基地に移して続けられた実験は、やがて「モントーク・プロジェクト」と呼ばれるようになり、「マインドコントロール、思考の物質化、魂の移植、タイム・ワープ、火星超古代都市の発見」といった成果をあげる。
ただし残念ながら、プロジェクトは思考の物質化によって生み出された獣の暴走によって中止を余儀なくされてしまう。けれどもその後、プロジェクトに参加していた者たちによって秘密の暴露が行われるようになり、現在ではフィラデルフィア実験から続く、その恐るべきプロジェクトの全貌が明らかにされつつある。(以下、謎解きに続く)
謎解き
フィラデルフィア実験の話は、もとをたどっていくと、1955年10月にUFO研究家のモリス・ジェサップのもとへ送られてきた一通の奇妙な手紙から始まる。
差出人はカルロス・ミゲル・アジェンデという謎の人物で、手紙にはジェサップが1955年に出版した『UFOの真相』という本についての論評めいたことが書かれてあった。これに興味を抱いたジェサップは、もっと詳しい話が聞きたいと返信を書いた。
すると1956年1月13日に2通目の手紙が届く。今度は差出人の名前が「カール・M・アレン」とアメリカ風に変わっていたが、その手紙に書かれていたのがフィラデルフィア実験に関する最初の話だった。
以降も両者の手紙のやり取りは続くが、はっきり言って、アジェンデが手紙に書いている内容の多くは支離滅裂で、普通に読んでも何を言いたいのかよくわからない。
ところがジェサップは、自著の内容(UFOの動力源など)に関連する秘密の実験が行われていたと主張するアジェンデに魅了されていったようだ。次第にUFO研究へとのめり込み、やがては精神を病んで1959年には自殺をするまでに至ってしまう。
ともあれ、ジェサップをそこまで追い込んでしまうアジェンデとは一体どんな人物なのか。すべての発端は彼であることを考えれば、彼についての情報を知ることが真相への近道となる。
怪しきカルロス・アジェンデ
1979年7月、研究家のロバート・ゴアマンは、アジェンデの手紙に書かれてあった住所をもとに、ペンシルベニア州のニューケンジントンにあるアジェンデの実家を発見した。(ニューケンジントンはゴアマンの地元でもあった)
その実家には当時でも家族が住んでおり、父親のハロルド・アレンがゴアマンを出迎えてくれたという。ゴアマンは取材を続ける中でアジェンデの家族から信頼を得て、彼に関する様々な情報を入手した。
それらによれば、アジェンデは1925年5月31日にペンシルベニア州のスプリングデールで生まれたという。ジプシーの血をひいているといわれていたが、実は嘘だった。本名はカール・メレディス・アレン。きょうだいは他に4人で、名前はそれぞれフランク、サラ、ドナルド、ランドルフといった。
弟のランドルフは兄について次のよう語っている。
彼は幻想的な心を持っています。しかしこれまでのところ、決してそれを活かせず、どこでも長く働けませんでした。それは本当に残念。彼は放浪者です。
『Fate』(1980年10月号)より
さらにカールという人物は、端的には「人をからかう達人」だともいう。こうした人物像については、1983年にアジェンデにインタビューを行った科学ライターのリンダ・ストランドも同意見のようだ。
彼女は、その人となりを「奇妙で典型的な放浪者」で「非常識なことを平気で口にするようなひねくれた性格の男」だと評している。
また、アジェンデと何度も手紙のやり取りをしたUFO研究家のジャック・ヴァレの場合は、アジェンデからジェサップの本を法外な値段でふっかけられたことがあったという。
ヴァレはアジェンデのことを、「執念深い商売人の本性」をあらわにした「個人的な利益を得るために言葉をもてあそぶことにたけた男」で、「詐欺師と文通している」ようだったと書いている。
結局、アジェンデについての取材をしたゴアマンとストランドは、フィラデルフィア実験に関してアジェンデは何も具体的な証拠を提出できなかったと述べている。
けれども、こうした主張とは異なり、重要な証言をする人物を見つけたと主張する研究家もいる。それがUFO研究家のウィリアム(ビル)・ムーア。彼はアジェンデの手紙に登場するフランクリン・リノ博士という人物を探し出し、フィラデルフィア実験に関する重要な証言を得たと主張している。
フランクリン・リノ博士は実在するのか?
フランクリン・リノ博士とは、アジェンデの2通目の手紙に登場する人物である。アジェンデによれば、リノ博士は「友人」で、フィラデルフィア実験にも参加していたという。
もともとフィラデルフィア実験は、アインシュタインの統一場理論をもとに行われたと主張されていた。リノ博士は問題の実験で、その理論の「完全な再検証」を行い、成功させた人物なのだという。
つまり、リノ博士を見つけ出し、彼からフィラデルフィア実験に関する証言を得られれば、アジェンデの主張の信憑性は非常に高くなるわけだ。
しかし、それまでリノ博士を見つけることは誰にもできなかった。それを成し遂げ、アジェンデの話は本質的に真実だと聞いたと主張するのは前出のウィリアム・ムーアのみである。
ムーアによれば、「フランクリン・リノ」とは偽名だったという。本名は訳あって明かせないというが、博士は自宅の窓から見える看板に「フランクリン」と「リノ」という文字を見つけ、そこから偽名を作ったとしている。それまで他の研究者たちが博士を見つけられなかったのは、偽名をもとに探していたからだという。
また、こうした話が初めて公開されたのは『謎のフィラデルフィア実験』(原題『The Philadelphia Experiment』1979年)というムーアと作家のチャールズ・バーリッツとの共著でのことだった。そこでは同書が執筆される約1年前に博士が亡くなったと書かれている。
だが、こういった話は本当なのだろうか? 実はムーアが後年、雑誌『ボーダーランド』(1996年10月号)のインタビューで語った内容は大きく異なっている。
たとえば、同誌では次のような発言がある。
彼とは、彼が生きている間は本名などは公開しないという約束をした。だから自分の著書にも彼の本名は隠していた。1992年に彼も死んだのでここで本名を明かすとフランクリン・ビクター・リノが本名だ。
亡くなったのは1978年のはずだが、自分が書いた設定を忘れてしまったのだろうか? ムーアは自著の中で、初インタビューから「5ヵ月と数日後」に亡くなったなどとも書いていた。この具体的でもっともらしい記述も嘘だったのだろうか?
また、偽名だったはずの「フランクリン・リノ」が、後の話では本名だったことになってしまっている。ここまで話が違っていると、リノ博士の実在すら怪しいのではないだろうか。
ちなみにムーアの話が信頼性に欠けるのは、アジェンデに関しても同じである。ムーアはフィラデルフィア実験について書いた自著の中で、アジェンデのことを簡単に手がかりを与えない非常に謎が多い人物であるかのように描写していた。
ところが前出のロバート・ゴアマンによれば、こうした描写は大いに間違っているという。そもそもゴアマンがアジェンデの実家で家族に会えたのは、アジェンデの手紙に書かれてあった住所を訪問したからだった。
フィラデルフィア実験について書かれた多くの本では、その住所にあるのは誰も住んでいない空き家ということになっていた。しかし実際は空き家などではなく、普通に家族が住んでいたというのだ。
つまり多くの作家たちは、基本的な調査すらせずに謎を煽っているだけだったという。ゴアマンは、ムーアを含むそうした作家たちが、海軍の調査部ですらアジェンデの居所をつかめなかったと書いていることを家族に聞いてみた。
すると、弟のドナルドは次のように話したという。
それは奇妙です。ここには空き家がなく、一番近くの空き家だとここから8キロ離れていますが、そこでさえ、隣の住人が私たちの家族を知っています。もしそこで聞いても、私たちの家までの道のりを丁寧に教えてくれたでしょう。
『Fate』(1980年10月号)より
エドワード・ダッジョンの告白
さて、このようにフィラデルフィア実験にまつわる話は怪しい人物が発信源のこれまた怪しい話が多い。けれども、すべてが嘘だったのかといえば、そうではなかったのではないかと考える研究家もいる。
前出のジャック・ヴァレは、元海軍の乗組員で、当時、フィラデルフィアの現場に居合わせたというエドワード・ダッジョンという人物を探し出した。
ダッジョンによれば、当時のフィラデルフィアで行われていたのは、艦艇の磁気を消し去る実験だったという。もし消磁に成功すると、磁気に反応して爆発する磁気機雷からは「見えない」状態になる。
アジェンデのフィラデルフィア実験の話は、この消磁実験の話が誤解されて生まれたものではないか、というのだ。
確かに、そうした実験があったのであれば興味深い話である。ところが、このダッジョンの話には残念ながら裏付けがない。
たとえばダッジョンは、消磁実験が行われたのは1943年の6月と7月のことで、場所はフィラデルフィアだったと述べている。しかし海軍の記録によれば、エルドリッジの進水式は1943年7月25日だった。前出の実験のうち7月の方は可能かもしれないが、6月の方は参加することができない。
また記録では1943年にエルドリッジはフィラデルフィアに一度も立ち寄っていなかった。元々フィラデルフィアにいなかったのなら、仮に実験があったとしても参加できなかったことになる。
このようにダッジョンの話は興味深いものの、大事なところで記録と矛盾があることには留意しておきたい。
モントーク・プロジェクト
最後はフィラデルフィア実験の後を継いだといわれている「モントーク・プロジェクト」について。この話は主に、同プロジェクトに参加していたと主張する人物たちによって語られている。ところが、そういった主張を裏付ける証拠はあるのかといえば、残念ながら皆無である。
たとえば、かつて同プロジェクトに参加していたというプレストン・ニコルズは、その経験を本にまとめている。しかしそういった本では肝心なところで重要な会社の名前が仮名、人物名もファーストネームだけか、仮名になっているケースが目立つ。
珍しく実名が出てきて詳細が語られる場合も、その人物はすでに故人で本人には確認しようがないなど、総じて信憑性はきわめて低い。
また、プロジェクトを中止に追い込んだ「獣」(思考が物質化したという設定)の写真といわれるものも公開されているが、はっきり言って何が写っているのかさえよくわからない。
ちなみに、この「獣」を生み出した張本人だという同プロジェクトの参加者のダンカン・キャメロンは、1996年8月号の『ボーダーランド』誌のインタビューで、次のような話をしている。(プロジェクトで経験したという未来へのワープ体験について)
地球上では、2012年、6037年、紀元前2万年、それにベトナム戦争。いろんな時代へ行った。それに火星にも。
これに対し、「最も印象に残っている時代は?」と問われ……
2012年かな。詳しくは言えないんだ。まだこれからの事だし。ただ、時空に関する何かの出来事があると思うよ。
今となっては、もうとっくに2012年は過ぎているが、一体いつ「時空に関する何かの出来事」が起きたのだろうか。獣にも象徴される、この客観性に欠けたモヤッとした感じは、フィラデルフィア実験やモントーク・プロジェクトにも共通する特徴かもしれない。
彼らの話は面白い。けれども、それが現実に起こったことだとするには決定的に足りないものがたくさんある。その足りないものが埋められる日は果たしてくるのだろうか。
【参考資料】
- チャールズ・バーリッツ、ウィリアム・ムーア『謎のフィラデルフィア実験』(徳間書店、1979年)
- M. K. Jessup『The Case for the UFO』(Varo Edition)
- Vincent Gaddis『Invisible Horizons』(Chilton Book Company, 1965)
- Jacques F. Vallee「Anatomy of a Hoax: The Philadelphia Experiment Fifty Years Later」『Journal of Scientific Exploration』(Vol. 8, No.1, 1994)
- ジャック・ヴァレー『人はなぜエイリアン神話を求めるのか』(徳間書店、1996年)
- Robert A. Goerman「Alias Carlos Allende」『Fate』(October 1980)
- Naval History and Heritage Command「Philadelphia Experiment」(https://www.history.navy.mil/research/library/online-reading-room/title-list-alphabetically/p/philadelphia-experiment.html)
- Naval History and Heritage Command「Eldridge (DE-173)」(https://www.history.navy.mil/research/histories/ship-histories/danfs/e/eldridge.html)
- Naval History and Heritage Command「Dobler (DE-48)」(https://www.history.navy.mil/research/histories/ship-histories/danfs/d/dobler.html)
- Naval History and Heritage Command「Doneff (DE-49)」(https://www.history.navy.mil/research/histories/ship-histories/danfs/d/doneff.html)
- Naval History and Heritage Command「Engstrom (DE-50)」(https://www.history.navy.mil/research/histories/ship-histories/danfs/e/engstrom.html)
- プレストン・ニコルズ、ピーター・ムーン『モントーク・プロジェクト 謎のタイム・ワープ』(学習研究社、1993年)
- プレストン・ニコルズ、ピーター・ムーン『モントーク・プロジェクト2 謎のタイム・アドベンチャー』(学習研究社、1995年)
- 「衝撃証言 オレたちがかいま見た過去と未来」『ボーダーランド』(ハルキ・コミュニケーション、1996年8月号)
- 「25年間追い続けたジャーナリストがついにつかんだ驚愕の事実」『ボーダーランド』(ハルキ・コミュニケーション、1996年10月号)