伝説
1952年6月15日、メキシコのチアバス州パレンケにある古代マヤの遺跡「碑銘の神殿」の地下から、考古学者のアルバート・ルース・ルイリエルによって奇妙な石棺が発見された。
この石棺は、縦3メートル、横2.1メートル、高さ1.1メートル、重さは5トンにもなる1枚の岩をくりぬいたもので、驚いたことに表面の中央には古代の宇宙飛行士と思われる人物の姿が彫られていた。
1970年代の宇宙考古学ブームの火付け役である作家のエーリッヒ・フォン・デニケンは、その著書『未来の記憶』の中で次のように書いている。
現代の宇宙飛行士がロケットに乗っている絵とそっくりこのような図柄が、はたして素朴な想像力の産物だろうか? 最下部の奇妙な模様は推進ユニットから噴出する炎とガスを表しているとしか思えない。
定説によると人類が初めて宇宙に飛び立ったのは20世紀の半ば頃。つまりこの「古代の宇宙飛行士」が描かれた石棺は、まったく説明がつかない古代の遺物だと言えるのである。(以下、謎解きに続く)
謎解き
オーパーツの中では比較的有名なパレンケの石棺。しかし本来、この石棺に彫られている絵は、横ではなく縦に見るのが正しい見方である。
このことは、同じパレンケ遺跡にある「十字架の神殿」や「葉の十字架の神殿」のレリーフと見比べれば一目瞭然。さらに石棺がある「碑銘の神殿」の墓室入り口から見た石棺の置き方が、そもそも縦であることからも明らかである。
描かれた図の解説
わかりやすくするために、パレンケの石棺のレリーフから主要なパーツを抜き出して色をつけてみた。
上図の「四分交差の支配者の記章」に腰掛けている人物は、石棺の中に埋葬されていた「パカル王」である。
これは 碑文の解読によって明らかになっている。彼は西暦615年から683年までパレンケ最盛期を統治した王で、発見当時、その顔には豪華なヒスイの仮面がつけられていた。
レリーフで胎児のような姿勢をとっているのは、夕日と共に地下世界に下り、そこで新たに生まれ変わるという考え方による。マヤ文明では、「死者の世界である地下、神々と先祖のいる天上、その中間である我々人間のいる地上」という、3つの平行した世界という概念があったのだ。
続いて横にした時、ロケットの炎のように見えたものは、地下世界の守護者である「地の怪物」が大きく口を開けてパカル王を飲み込もうとしている場面を絵にしたもの。
次にロケットのように見える部分は、縦にすると十字架であることがわかる。この十字架は先にも示したとおり、他の神殿のレリーフでも中心に描かれているものだ。「生命の樹」と呼ばれるトウモロコシを様式化したものとされている。
一方、この生命の樹に絡んで垂れているのは「双頭の蛇」。頂上にとまっているのは、マヤ文明の神で聖なる鳥「ケツァルコアトル」(ククルカン)である。この鳥は天上の世界を表しているとされ、他の神殿のレリーフにもパカル王のものと同じく、生命の樹の頂上にとまっている姿が描かれている。
おそらく、このレリーフに描かれているパカル王は、死に際して地下世界と天上世界の間で宙吊りになっている状態を表されている。しかし地の怪物に今にも飲み込まれそうになっているにもかかわらず、王は天上に向かって伸びている生命の樹と、その頂上にとまる聖なる鳥を見つめている。
こうして見ると、「古代宇宙飛行士説」では決してわからない、このレリーフに込められた希望と再生の意味がみてとれるのではないだろうか。
【参考資料】
- エーリッヒ・フォン・デニケン『未来の記憶』(角川書店)
- ウィリアム・スタイビングJr.『スタイビング教授の超古代文明謎解き講座』(太田出版)
- ピーター・ジェイムズ、ニック・ソープ『古代文明の謎はどこまで解けたか Ⅰ』(太田出版)
- James Randi『FLIM-FLAM!』(Prometheus Books)