伝説
スコットランド南部の町ダンバートン。ここを流れるクライド川に「オーバートウン・ブリッジ」と呼ばれる橋がある。この橋は一見すると普通だが、実は世にも奇妙な怪奇現象が起きることで知られている。なんと犬が自殺するのだ。
自殺が報告されるようになったのは1950年代から。以降、その怪奇現象は止まることなく、現在までに50頭以上の犬が橋から飛び降りて死亡している。
原因は一体何だろうか? 地元では、さまよえる霊が犬を誘ったのではないかという話がささやかれている。もともと橋があるオーバートウンは、ケルト神話で「シンプレイス」(薄い場所)と呼ばれる場所で、霊界に近いとされているからだ。
またこの橋では1994年に、地元のケビン・モイという男性が自分の子どもを悪魔だと思い、橋から投げ落として死亡させる事件も起きている。この子どもの霊が犬を誘っているという話もある。
やはりオーバートウン・ブリッジは霊と何らかの関わりがあるのだろうか。この橋の映像を見たスピリチュアル・カウンセラーの江原啓之氏によれば、その可能性は十分考えられるという。
実際、映像から霊的世界との接点になるような場所であることがわかるというのだ。犬たちは霊の存在を敏感に感じ取って、橋から飛び降りてしまったのである。(以下、謎解きに続く)
Photo by Michael Glackin「Spooked dogs leap to their death from ‘haunted’ bridge」『The Times』June 26 2015(http://www.thetimes.co.uk/tto/news/uk/article4480204.ece)
謎解き
オーバートウン・ブリッジは1895年に建てられた。犬の飛び降りが報告されるようになったのは1950年代になってからである。もしシンプレイスと関わりがあるのなら、50年以上の空白は何だったのだろうか。
1994年のケビン・モイ事件に原因があるという説も、年代の辻褄が合わないという点では同じである。そもそもこの事件は、以前からうつ病を患っていた父親のケビンが息子のオーエンの額にあったアザを、反キリストのサタンの印だと思い込んだことから始まる。
ケビンはその後も、自分と息子の2人は将来、世界にウィルスをまき散らす元凶だとも考え、それを阻止するためには2人が死ぬしかないと思い込んだ。そして1994年10月、生後2週間だった息子を橋から投げ落とし、自分も飛び降りて死のうとしたのである(ただし一緒にいた妻に止められた)。この事件に霊は関係ない。
専門家による検証
犬が橋から飛び降りる原因については、動物行動学者のデイビッド・サンズ博士を中心とする調査チームによって調べられている。
サンズ博士はまず現場を調べ、死亡した犬の飼い主たちからも詳しく話を聞いた。その結果、「飛び降りた犬のほとんどは鼻の長い犬種」で「犬が橋から飛び降りた日はよく晴れた日ばかり」であることがわかった。(現場の気候は曇りや雨のときが多いにもかかわらず)
さらに橋から飛び降りたものの奇跡的に一命を取りとめたヘンドリックという老犬を見つけた。この犬を観察すれば、何か手がかりがつかめるかもしれない。
そこでリードをつけるという条件のもと、飼い主とヘンドリックに再度、橋を渡ってもらい、その様子を観察させてもらうことにした。すると橋を渡っている途中、ヘンドリックは急に何かに反応し、橋からジャンプしようとする行動が見られた。
一体、何に反応したのか? 調査チームは犬の重要な感覚器をもとに次の3つの原因を考えた。
【視覚説】
これは犬が興味をおぼえる何かを見て反応したという説。しかし現場に犬の気を引くようなものは何もなかった。
【聴覚説】
犬は人間に聞こえないような音でも聞くことができる。現場から数キロ離れた場所には海軍の港があり、潜水艦からソナー音が出ていることもある。犬がそういった音に反応したのかもしれない。
そこで真相を突き止めるべく、グラスゴーにある音響の専門会社から専門家が呼ばれ、最新機器を使って現場でどんな音が聞こえるのか調べられた。ところが結果は、ソナー音はもちろん、それ以外にも特に何も録音されなかった。
【嗅覚説】
最後は人間より10万倍も嗅覚がすぐれている犬が、何らかの注意を引く臭いに反応したという説。犬の鼻の良さを考えれば十分に考えられる。そこで現場周辺が詳しく探索された結果、犬の注意を引く臭いを発する動物として、ミンク、ネズミ、リスの3種が現場周辺に生息していることが判明した。
嗅覚説の実験
サンズ博士は、さっそくこれらの動物の臭いに、どの程度犬が反応を示すのか確かめる実験を行った。集められたのは橋から飛び降りた犬に共通する鼻が長い犬種10頭。
実験では3種の動物の臭いをつけた布を用意し、1頭ずつどの臭いに興味を示すか調べた。その結果、臭いに興味を示さなかったのはわずか2頭で、10頭中7頭はミンクの臭いに強く反応。残りの1頭はリスの臭いに反応した。
最も多くの反応を集めたミンクはイタチ科に属し、肛門線から非常に強い刺激臭を発することが知られている。橋から飛び降りた犬もミンクの発する強い臭いに反応してしまった可能性が考えられる。調査チームの1人、動物学者のデイビッド・セクストンは次のように話す。
狩猟犬種の大型犬はミンクの臭いを嗅ぐと野生化して追いかける習性があります。臭いに興奮した犬が橋の欄干に駆け上がり、バランスを崩して落下したとも考えられます。
実際、ミンクに反応を示した犬の多くは、臭いのついた布に一直線に向かっている。また先述の共通点も嗅覚説を裏付ける。鼻の長い犬種は鼻が短い犬種よりも嗅覚にすぐれ、よく晴れた日は天候が悪い日より臭いが伝わりやすいからだ。
年代も一致する。犬の飛び降りが報告され始めた1950年代は、スコットランドでミンクが大量に繁殖して広まった年代なのだ。
さらにオーバートウン・ブリッジの欄干は、厚さ50センチ弱もある厚い石が隙間なく並べられているという特徴がある。この他にはない特徴が犬に勘違いを引き起こさせる。
オーバートウン・ブリッジを歩いている犬の視点から見ると、そこは高さ15メートルもある高所だとは認識されず、ただの平地を歩いているように見えてしまうのだ。
犬からすれば石積みの障害物をちょっと乗り越えるだけのつもりだったのかもしれない。しかし、そこは15メートルの高所。ジャンプしてバランスを崩したときにはもう手遅れになってしまうのである。
愛犬が亡くなるのは非常に悲しいことだ。そこでオーバートウン・ブリッジでは、サンズ博士らの調査をもとに対策が進められている。現在では橋を渡る犬が急に反応しても止められるように、橋の入り口にはリードを離さないよう警告する注意書きが立てられた。
この結果、犬が橋から飛び降りるという悲劇は着実に減少している。
【参考資料】
- テレビ朝日「オーラの泉」(2007年11月24日放送)
- Channel Five「The Dog Suicide Bridge」(17 October 2006)
- Daily Mail「Why have so many dogs leapt to their deaths from Overtoun Bridge?」(17 October 2006)
- Herald Scotland「Father who threw ‘devil’ baby from bridge sent to Carstairs」(1 February 1995)
- 『世界大百科事典27』(平凡社、1996年)
- 『改訂新版・世界文化生物大図鑑』(世界文化社、2004年)
- Stanley Coren「Do Dogs Commit Suicide?」Psychology Today
(http://www.psychologytoday.com/blog/canine-corner/201008/do-dogs-commit-suicide)