超常現象の謎解き

身動きがとれない恐怖の「金縛り」

伝説

ある夜のこと、ふと眠りから覚めるとノドを絞めつけられているような感覚がする。胸の上には圧迫感があり、視線を移すと、そこには青白い顔をした女性がこちらをジッと見つめ首を絞めようとしている。耳元では誰かがすすり泣く声も聞こえる。

金縛りの図

(出典:Gerard Van der Leun via http://imagefinder.co/)

体を動かそうとしてもまったく動かない。助けを求めようとしても声は出ない。金縛りである。

金縛りの原因は、成仏できていない霊などがおこす霊障だ。強力なものになると呪いをかけられたり、取り憑かれたりすることもある。そのため、こういったことから身を守るためには霊能力者にお祓いをしてもらわなければならないとされている。(以下、謎解きに続く)

謎解き

金縛りは人が眠っている時に起きる。そのため睡眠の研究の中で金縛りの現象も確認され、研究が進んできた。心霊現象とされているものの中では、最もその仕組みが解明されている現象になる。

金縛りとは何か

金縛りは、専門的には「睡眠麻痺と入眠時幻覚」と呼ばれる現象のことをいう。睡眠麻痺は、起きている状態から眠りに入るときに生じる一時的な全身の麻痺。一方、入眠時幻覚とは、眠りに入る際、本人としてはまだ起きていると感じるときに体験するリアリティのある鮮明な幻覚のこと。

この2つの現象が同時に起きるのが金縛りと言われている状態である。金縛りを体験したときの「体がほとんど動かない」(睡眠麻痺)、「幽霊のようなものが見える」(入眠時幻覚)という組み合わせが、まさにこれだ。

金縛りの原因は特殊なレム睡眠

睡眠麻痺と入眠時幻覚は、特殊なレム睡眠のときに起きやすい。レム睡眠とは比較的浅い眠りの状態のことをいい、脳は起きているときの状態に近い。けれども反対に、体の方は起きているときの状態とは大きく違って、ほとんど完全な脱力状態を示す。

レム睡眠の「レム」(REM)とは「急速な眼球運動」(Rapid Eye Movements)の略。レム睡眠中には、起きている状態に近い速い眼球運動が起きることから名付けられた。またレム睡眠時は上記のように脳と体が正反対の状態を示すことから「逆説睡眠」とも呼ばれる。

人は通常、起きている(覚醒)状態から眠りに入ると、まずは比較的浅い眠りの睡眠段階1に落ちる。そして次の睡眠段階2に移り、そこから深い眠りの睡眠段階3睡眠段階4へと落ちていく。一番下の睡眠段階4はいわゆる熟睡している状態。ちょっとやそっとでは起きない。

ここまでは1時間ほど。ここから寝返りを打ったりすることで、また眠りは浅くなっていき、1時間半ほど経つと最初のレム睡眠に入る。レム睡眠中の脳は起きている状態に近く、比較的活発に活動しているため、夢を見るのもこのときが多い。

下の図は、こういった通常の睡眠のサイクルをわかりやすく示したもの。

通常の睡眠サイクル。レム睡眠は赤で示した部分。眠りに入ってから1時間以上経って現れる。

ところが、こういった通常の睡眠サイクルは、さまざまな要因により崩れてしまうことがある。すると通常は眠りに入ってから1時間半ほどで現れるレム睡眠が、下の図のように眠りに入ってすぐに現れてしまう場合がある。

上図は金縛りが起きる特殊なレム睡眠の例。
これとは違うパターンとして、睡眠途中で一度起きて、再度、眠りに入った際に起きることもある。

この特殊なレム睡眠(入眠時レム睡眠)のときに起きやすいのが、睡眠麻痺入眠時幻覚、つまり金縛りである。

金縛りのときの脳はどうなっているのか

金縛り(睡眠麻痺と入眠時幻覚)が起きたとき、脳は起きている状態に近い。そのため、このときに見る入眠時幻覚は非常にリアルで、本人としては目が覚めた状態で体験したように感じることが多い。

しかし脳が起きている状態に近いとはいっても、起きているのか眠っているのかといったら、「眠っている」状態である。本人は目を開けて部屋の様子を見ていて、主観的には確かに起きていると感じても、客観的には「寝ているときに見た非常にリアルな夢」ということになる。

これは実験でも確かめられている。入眠時レム睡眠のときに金縛りを起こしたと考えられる被験者を赤外線カメラを使って観察していると、彼らはみんな目を閉じて普通に眠っている様子が観察される。

目を見開いて身動きしようともがいているわけでもなく、恐怖におびえているわけでもない。ごく普通に眠っているようにしか見えない。

ところがここで被験者が起こされて、金縛りのときの様子を聞かれると、彼らの多くは目を開けていたと言う。そして室内の様子を「見た」と報告する。

実験室内は真っ暗にされているため、仮に目を開けたとしても何も見えない。何より、赤外線カメラでの観察では、被験者はみんな目を閉じたまま。つまり、被験者の多くが見たり経験したと思っていたものは夢ということになる。

ただしその夢は脳が覚醒状態に近いため非常にリアル。現実感をともなっているのが特徴だ。

金縛りのときの体はどうなっているのか

金縛りのとき、脳は覚醒状態に近く、非常にリアルな夢を見るということはわかった。それでは体の方はどうなっているのだろうか。

もともとレム睡眠中は、脳幹から脊髄へ向かって、脊髄の運動ニューロンを抑制する命令が送られているため脱力状態になっている。体はほとんど動かない。これはレム睡眠中に夢を見ることと関係している。

もし夢を見ているときに体を自由に動かせてしまったら、その夢の中の行動に合わせて体が動いてしまう。歩いたり、走ったり、飛び降りたり、夢のとおりに動いてしまったら大変だ。

そこで夢を見やすいレム睡眠中は、先述のように脱力状態になり、体は動かせないようになっている。これなら夢の中でどんな行動を起こしても大丈夫だ。

高いところから飛び降りる夢を見て、起きたときに「夢で良かった」と安心した経験を持つ人は多いのではないだろうか。これも夢と体が連動しないようになっているおかげである。

猫を使った実験では、レム睡眠中に体が動くようになると、レム睡眠のたびに起き上がり、獲物を追う動きや毛づくろいをはじめ、夢の中の行動と同じと考えられる動きをする様子が観察されている。人間でも稀にレム睡眠中に体が動く人はいて大きな問題になる。ただし夢遊病とは根本的に違う。夢遊病は夢のとおりの行動を起こしてしまうのではなく、そもそも夢はみていない。脳は熟睡状態に近く、動き回ったときの記憶も残らない。日常の無自覚にできてしまうような行動を寝ぼけてやっているような状態に近いかもしれない。

ちなみにレム睡眠中は口の中にある舌も力が抜ける。このとき仰向けに寝ていると、舌が気道に落ちてきて呼吸を邪魔することがあり、いびきや無呼吸の原因になる場合がある。

金縛りのときに胸の圧迫感や首を絞められたような息苦しさを感じることがあるのは、この舌の脱力状態が関係していると考えられている。

つまり、舌の落ち込みが原因による息苦しさをそのときの活動的な脳が夢に取り込み、リアルな幻覚をつくることで辻褄を合わせているということ。私たちの脳や体はよくできている。

海外の金縛り事例

金縛りのときに見る幻覚は国や文化によって違いがある。18世紀のイギリスでは、睡眠時に身動きできない女性を襲う「インキュバス」と男性を襲う「サッキュバス」という悪魔(夢魔/淫魔)がいると信じられていた。

インキュバス

カナダのニューファンドランド島ではオールド・ハグという魔女が眠っている人の胸に座るとされている。一方アフリカのザンジバルでは、ポポバワという空を飛ぶ一つ目の夢魔の仕業になり、アメリカでは宇宙人によるアブダクション(誘拐)になる。

宇宙人によるアブダクション

一口に金縛りといっても国や文化によって様々なタイプがあって興味深い。

日本での金縛りという言葉

最後に、日本での「金縛り」という言葉の歴史について触れておきたい。この言葉はもともと、「金縛」(きんばく)という仏教用語を訓読みにしたものである。金縛とは、悪霊などを身動きできないように抑えて鎮めることをいい、江戸時代頃から使われていた。

これが睡眠麻痺と入眠時幻覚に対して一般に使われるようになったのは、1960年代(昭和30年代後半)以降のこと。

オカルト作家の中岡俊哉氏の著書『「金縛り」の謎を見た!』(二見書房)によれば、1960年代前半に、中岡氏が金縛りという言葉を霊現象に対する説明として広く使い始めたという。

当時は、耳慣れない言葉で一般に普及していなかったため、雑誌でその言葉を使おうとしたら、意味がわからないので解説を書いてくれと頼まれたこともあったそうだ。

金縛り研究の第一人者である江戸川大学の福田一彦教授によると、1960年代以前は、全国で統一された呼び名はなく、各地方の伝承に従って解釈されていたと考えられるという。

全国的に統一され、広く知られるようになるのは、1970年代のオカルト・ブームの頃である。ここで定着した金縛りという言葉と、その恐怖の怪談と共に広められた話は、本来の特殊な夢の一種に物語性を加えることになった。

もはやこうなれば止まることは難しい。心霊現象として解釈される金縛りは、これからも様々な怪談を生みだし、成長していくに違いない。

【参考資料】

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