奇跡を演出する事前調査「ホット・リーディング」

ホット・リーディングとは、事前調査した情報を使って超常的に情報を読み取ったように装うテクニックのことである。コールド・リーディングのような即席の読心術よりもインパクトがあり、「奇跡」を演出するためには欠かすことのできない重要テクニックだ。

以下では、実際に使われているものの一部をご紹介しよう。

易者の暗号

最初は (えき) 占いから。 『ベストセラーの戦後史2』(文藝春秋)という本に、著者の井上ひさし氏が若い頃に弟子入りした、易占い師のイカサマテクニックが載っている。井上氏によれば、弟子入りした彼の役目とは、客から得た情報を占い師に「暗号を使って教える」ことだったという。

やり方はこうだ。まず、待合室で客の接待を装って1対1で話す。このとき世間話を装いながら、最低でも、どこから来たのか、悩みごとは何かくらいは聞き出しておく。この間、待合室から一歩も出ずに、常に客と一緒にいることが重要だ。やがて頃合いを見て、占い師が待つ部屋へと案内する。

部屋に入ると座布団をすすめ、お茶を出す。すると、ここで客から得た情報を占い師へ伝えるために暗号が用いられる。

まずは座布団を使用。座布団の角の房は一つだけ短くしてあり、その短い房を東西南北のいずれかの方向に向けることで、客がどの方角から来たのかを占い師に伝えるのだ。開口一番で、いきなり当てられるのだから驚くだろう。コールド・リーディングなど不要である。

2番目は客に出す茶碗を使う。この茶碗は茶托(茶碗をのせる小さな受け皿)とセットで出される。両方とも違う模様が何種類もあり、いろいろな組み合わせによって暗号を送れるようになっている。

たとえば童子遊戯図模様の茶碗と、丸い溜塗の茶托の組合わせは「建築」。萩焼と四角の黒漆の茶托の組合わせは「試験」というように、150種近い発信が可能だという。

ここまでで重要なのは、弟子は客と常に一緒にいて途中で一度も待合室から出なかったという事実と、占い師のいる部屋に来てからは一言も喋っていないという事実だ。これなら客がイカサマに気付くことはまずない。

ちなみに、客からまったく情報が得られなかった場合の暗号もあって、そのときは座布団をひっくり返して置くのだという。

そんなときでも占い師は全く慌てない。男性客には、「仕事上のお悩みでしょう」と言い、女性客には「恋愛の悩みですね」と言えば、かなりの確率で当たるという。また「あなたは不遇ですな」(恵まれてたら相談になんか来ない!)も有効だそうだ。

顧客名簿

続いては、アメリカのイカサマ霊媒の話。1925年、マジシャンで心霊研究家でもあったハリー・フーディーニによってセシル・クックという霊媒のイカサマが暴露された。このときフーディーニは、『ヘラルド・トリビューン』紙の記者と婦人警官と共にクックが主催する降霊会に潜入。戦術として、相当耳の遠い老人を装うために白髪頭に杖を持って変装した。

変装したフーディーニ

変装したフーディーニ

クックは暗闇の中で交霊会が始まると、すぐに霊を呼び出す。霊の声が参加者の一人一人にメッセージを伝える。フーディーニの番がくると、「アルフレッド」という霊が交信してきた。フーディーニは耳が遠いフリをする。

霊の声「アルフレッドです」

フーディーニ「アルフレッドかい?」

クック「ええ、あなたの息子ですよ」

霊の声「あなたの息子、アルフレッドです」

フーディーニ「あれがアルフレッド、私の息子かい?」

クック「ええ、そうですよ」

フーディーニ「元気かね?」

霊の声「父さんですか?」

フーディーニ「そうだよ」

実はフーディーニには息子などいないのだが、さらに決定的なイカサマの現場を押さえるために演技を続けた。

耳が遠いフリをすることで、クックが演じる霊の声はいつもより大きくなる。それに伴って、声色を変えるためにクックがメガホンを使用していることを示す、わずかな息遣いも大きくなった。

フーディーニはその息遣いをとらえるとすぐに、懐中電灯で彼女を照らす。このときの状況はフーディーニによれば、「彼女はメガホンを口にあてて、まるで写真撮影のためにポーズをとっているような感じで、きちんと座って」おり、さらにクックは、「何ですか、それは? それは何ですか!」と叫んだという。

メガホンを調べるフーディーニ

クックが声色を変えるために使っていたメガホンを調べるフーディーニ

今さら気付いても後の祭り。イカサマの決定的瞬間を見られたクックは、ニューヨークのシェファーソンマーケット刑務所に収監された。その後、治安判事裁判所で裁判が行われたが、結果がどうなったのかは、残念ながら記録が残っていないためわからない。

しかし大きな収穫はあった。それはクックの「寄付予定者名簿」こうした名簿は秘密の集金マシンとして機能し、非常に入手しにくいものだという。次の項でも紹介するように、名簿はイカサマ霊媒たちが巧妙に組織した仲間内で密かに編集され、交換される。

新聞、役所の記録、墓、さらには地域の美容院など噂好きの経営者から集めた家系や財政状況、その他の個人的データを事前に調べ、仲間と交換するのである。当時の『グラフィック』紙のニューヨーク版には、クックの長い名簿に目を通しているフーディーニの写真が載っている。

名簿には降霊会の参加者の名前が州別に記載されており、そのうち約2000人はアメリカ東部の人たちで、クックが郵便で心霊メッセージを売りつけていた人々も含まれていた。


Photo by ケネス・シルバーマン『フーディーニ!!!』(アスペクト)

サイキック・マフィア

ここでは霊能者が使用している顧客名簿について、さらに詳しく紹介しよう。M・ラマー・キーンという元人気霊媒が書いた、『サイキック・マフィア』(太田出版)というイカサマ懺悔録がある。

この重要文献には、当時キーンがいた「キャンプ・チェスターフィールド」という有名な心霊キャンプで行われていたイカサマが徹底的に暴露されている。

キーンは最初、キャンプ・チェスターフィールドの中心人物だったヴァイオラ・オズグッド・ダンという有名霊媒の顧客名簿を利用していた。ヴァイオラは彼女の交霊会に来た何千という客のファイルを作っており、他の霊媒とも情報交換していた。

このアメリカ全土と外国の一部にまで張り巡らされた霊媒業界の情報網により、たとえばフロリダにいる霊媒が、シカゴやロサンゼルスから来た客の過去を驚くべき精度で当てることができるのだという。

霊媒の仲間内では、自分たちのファイルのことを「詩」(ポエム)または「詩歌」(ポエトリー)と呼ぶそうだ。キーンは、ホット・リーディングを使ったときの威力について次のように書いている。

疑いを持たない列席者にとって、一度も会ったことのない霊媒から、父親は片目が見えなくて手術をしたが、視力は回復しなかったと聞かされることが、どれほどの説得力を持つかご想像いただきたい。

びっくりするほど詳しい! しかも、はっきりとして正確だ!

「霊媒がそのことを知っていたはずはないのよ」……列席者はすっかり信じこんで、友人たちにそう話して聞かせるだろう。

これだけでも十分にインパクトがあるが、ときには客のバッグから身分証や会員証などを抜き取って、情報を入手することもあるという。

また、こんな方法を使うこともある。花を届けるフリをしてターゲットにしている客の家に潜り込み、指輪を暖炉の裏の隙間に隠しておく。ほどなくして、客が失くし物のありかを尋ねにきたら(電話でもいい)、超常的な力で情報を得たように装って、「指輪は暖炉の裏にある」と告げる。これで、狂信的な信者の出来上がりである。

キーンの『サイキック・マフィア』が書かれたのは1976年。この本に証拠として掲載されている顧客ファイルの数々は全部手書きである。しかし今はIT時代。当時とは比べものにならないほど情報力はアップしているだろう。

ドリス・ストークスの霊視

続いてはイギリスの話。イギリスにはドリス・ストークスという霊能力者がいた。彼女は1987年に亡くなるまで、イギリス、アメリカ、オーストラリアの人気番組に出演し、当時絶大な人気を誇った世界的に有名な霊能力者である。日本では江原啓之氏がドリスの本の監訳を担当している。

ドリス・ストークス

ドリス・ストークス(http://www.bbc.co.uk/programmes/p009mn1l)より

ここでは彼女のホット・リーディングを紹介しておくことにしたい。時は1986年11月16日の晩。イギリスのロンドン・パラディウム劇場にて開催されたドリスの霊視イベントでのことだ。彼女はイベントが始まると「グラハム」という青年から伝言を得ていると告げた。

すると一人の若い女性が驚いた様子で反応を示す。ドリスは彼女を客席の最前列にあるマイクの前に立たせると、すかさず女性の名前が「ドーン」であると告げた。正解である。

女性によればグラハムは彼女の夫の名前で、数週間前に亡くなったという。ドリスは夫婦の名前だけでなく、弁護士への相談事、死因(建設現場で足場が崩れたことによる)、病院で生命維持装置のスイッチを切る決断をした事、さらには両親の名前までズバリ当てて見せた。

初見で会話らしい会話もないまま、これだけのことを次々に当てられたら驚くほかないだろう。

ところが、この正確な霊視に疑問を持つ者がいた。イギリスのジャーナリスト、イアン・ウィルソンである。彼は同じジャーナリスト仲間で、一緒に霊視イベントに参加したベス・ミラーとシオバン・ホックトンと共に、霊視終了後に追跡調査を行なうことにした。霊視されたドーン本人に取材を試みたのである。

すると驚くべき事が判明した。観客の誰もがドリスとドーンは初見だと思いきや、実は事前に知り合っていたのだ。事の真相は次のとおり。

霊視イベントの数週間前、グラハムが落下事故を起こして病院に運ばれた。このときすでに脳死状態である。担当医は妻であるドーンの許可があれば生命維持装置を外すことができると説明し、誰か相談したい人がいるか尋ねた。病院側は医療関係者を想定していたようだが、ドーンが選んだのは違った。

ここで彼女が相談相手として選んだ人物こそ、霊能者のドリス・ストークスだったのである。ドーンは前に女性誌でドリスの特集を読んでおり、彼女にこの生死に関わる問題を相談したいと思ったのだ。

ドーンによれば、病院のソーシャルワーカーがドリスの代理人に連絡を取ると、すぐにドリス本人から連絡がきたという。もちろんこの時点ですでに事情は詳しく説明されている。さらにはドーンだけでなく、病院にいた母親とも話をしており、結局ドリスが霊視した内容は、事前に知っていた内容と簡単な追加調査で得られる情報でしかなかったわけである。

ちなみに霊視イベントへの参加はドーンが密かに行なったことではなく、ドリス本人が無料招待を申し出ていたこともわかった。事前に情報を得ていた上に、あらかじめ来ることもわかり、さらにはそれらを隠してさも霊能力で情報を得たかのように装うとは、厚かましいかぎりである。

神のお告げは39.17メガヘルツ

最後はアメリカのピーター・ポポフという信仰治療師(テレビ伝道師)の話。1986年に、元マジシャンのジェイムズ・ランディによってそのイカサマが暴露されるまで、ポポフはアメリカのテレビ伝道師として絶大な人気を誇っていた。

ピーター・ポポフ

ピーター・ポポフ(http://wjys.tv/show/peter-popoff-ministry)より

ここでは、ランディが暴露したポポフのホット・リーディングについて紹介したい。まずランディは、弟子のスティーブ・ショウと共に、ポポフが開催していた信仰治療の会場に潜り込んだ。

会場では、ポポフは信仰治療の真っ最中。コールド・リーディングを使っていないにもかかわらず、信者の個人情報を見事に当てる。

しかし、これで関心していたら超常現象の調査者として失格である。ランディは、ポポフを間近で観察できるよう、ショウに接近するよう指示。注意深く観察した彼は、あることに気付く。ポポフの左耳に小型無線機が入っていたのだ。

そのことを知らされたランディはすぐに行動に出た。サンフランシスコの電子監視の専門家、アレク・ジェイソンに協力を依頼。ランディはすぐに調査チームを編成し、ポポフが受信している電波の傍受を試みた。

すると計画は見事成功。 傍受した内容は、ポポフの妻エリザベスが、事前に調べた信者の個人情報を無線を使って送っているものだった。

ランディは、この内容をジョニー・カーソンの人気番組「トゥナイト・ショー」で暴露。普通なら「終わった」と言っていいような痛恨事だ。しかし信者を減らしながらもポポフたちはしぶとく生き残っている。信じる意志は教祖の悪事も見えなくするらしい。

以上、冒頭でも書いたように、ホット・リーディングは「奇跡」を演出することが出来る非常においしいテクニックだ。そのテクニックは日々ハイテク化している。

まさか、そんなことまではしないだろう。

客がこう思ったときこそ、イカサマ師が内心で笑っている瞬間だということは忘れないようにしておきたい。

【参考資料】

  • 井上ひさし『ベストセラーの戦後史2』(文藝春秋)
  • ケネス・シルバーマン『フーディーニ!!!』(アスペクト)
  • M・ラマー・キーン『サイキック・マフィア』(太田出版)
  • イアン・ウィルソン『死後体験』(未来社)
  • 「Peter Popoff proved fake on 39-17-Mhz」(http://www.bible.ca/tongues-popoff-39-17Mhz.htm)
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