伝説
1904年、ドイツで元教師のウィリアム・フォン・オステンが飼っていた「ハンス」という名の馬が、高度な知性を持つとして有名になった。
ハンスは、質問者が問題を出すと正解の数だけ床を脚で叩くという方法で、見事に数学の問題を解いたり、和音に関する音楽の問題にも答えたりすることができた。
1904年には、哲学者であり心理学者でもあったカール・シュトゥンフ教授を委員長とする調査委員会によって調べられ、トリックの可能性は全くないという結論も出されている。
つまり正真正銘、馬自身が数学の問題を解いて答えを出していたのである。常識ではあり得ない。このことから人は、ハンスのことを「クレバー(賢い)・ハンス」と呼ぶようになった。(以下、謎解きに続く)
謎解き
ハンスは、超常的な力を持つ動物の先駆けとして海外などではよく紹介される馬である。その際にはよく、「科学者によって調査されたがイカサマや勘違いの可能性はないという結論が出された」と紹介されることが多い。
確かに科学者によって調査され、そういった結論が出されたことは事実だ。ところがこの事例には、まだ話の続きがあった。ドイツの若き研究者オスカー・フングストが、謎とされてきた現象を見事に解明していたのである。
オスカー・フングストによる調査
フングストはハンスの調査にあたり、彼が「知らない試験法」と呼ぶ実験方法を考え出した。これは実験に立ち会った者全員、とりわけ質問者自身が正解を知らない状態で質問を行うというものである。
もしこの状態でハンスが正解を連発できるならば、それはハンス自身が考えて正しい答えを導き出している可能性が高まる。しかし不正解が多かった場合は違う可能性が出てくる。ハンスが自分で考えて答えているのではなく、外部からの情報によって答えを得ている可能性である。
「知らない試験法」による様々な実験
フングストはハンスの能力を検証するために様々な実験を行った。ここではそのうちの2つを紹介したい。まずはハンスの代名詞ともいうべき計算能力を検証する実験。これは次のような方法で行われた。
まず飼い主のフォン・オステンがハンスにだけ聞こえるよう、ハンスの耳元で任意の数(通常は一桁)をささやく。次にフングストが同じように数をささやき、ハンスにその2つの数を足すよう命じる。
もちろんフォン・オステンもフングストも自分がささやいた数しか知らない。その2つの数を知っているのはハンスだけである。
さて、この質問者が答えを知らないテストでは、正解率はわずか9パーセント(31問中3問のみ正解)しかなかった。一方、互いに数を教え合い、質問者が答えを知っている状態でのテストでは、93パーセント(31問中29問正解)という高い正解率が出た。
次にドイツ語のアルファベットを読めるか検証する実験。この実験では厚紙に「傘」や「馬小屋」といった単語を書き、ハンスの前に一列に並べる。そして質問者が「『馬小屋』と書かれているカードは何番目(飼い主が教えたルールにより右から数える)のカードか?」といった具合に質問する方法が取られた。
気になる正解率は全員が答えを知らない状態では0パーセント(12問全て誤り)。知っている状態では100パーセント(14問全て正解)だった。
つまりハンスは現場に居合わせた全員が答えを知らない状態では、正しい答えを出すことがほとんど出来ないということがわかったのである。これは外部からの情報をハンスが何らかの感覚器でキャッチしていることを示唆していた。
どの感覚器を使っているのか?
そこでフングストはハンスの様々な感覚器を遮断しながら質問していく方法で、ハンスがどの感覚器から情報を得ているのか検証していった。すると明らかに正解率が低かったのは視覚を遮断したときだった。
具体的にはハンスの両目に革製の大きな目隠しをしたときである。このときは35問中、正解したのはわずかに2問のみ。
またハンスは質問される際、本来、数えるべき人や物、読むべき文字の方を一切見ずに、質問者を常に見ていた。さらに夕方、暗くなるにつれて明らかに正解率が下がってくることもわかった。その結果、ハンスは視覚を使って正解のカギとなる情報を得ている可能性が高まったのである。
判明した無自覚な合図
しかし次に問題となるのは、カギになる情報とは何か? という点だ。最初は現場にいる人間の意図的なトリックの可能性も考えられたが、すぐに否定されている。フングストしかいない場所でも、ハンスは質問に正しく答えることができたからである。
これはつまり、質問者の無自覚的な何らかの動きをハンスは正解の合図として判断していることを意味していた。ではその動きとは一体何だろうか?
この無自覚的な動きを突き止めるべく、フングストは様々な質問者を徹底的に観察。ついにその正体を突き止めることに成功している。それは質問者の頭の微細な動き、特に上方向への動きだった。
通常、現場に居合わせた人間は、ハンスが答えるために蹄を叩くことから、足下に注目しようと頭を少し沈める。しかし正解の打数まで達すると、そこで若干緊張が緩み、頭が上へ動くのだ。
フングストはこの動きを主観による判断だけでなく、客観的にもわかるようにするため、質問者の頭の動きが測定可能な装置を使って厳密に測定も行った。それによれば、上への動きはわずか0.5ミリ~2ミリほど。平均してハンスが正解を出す0.3秒前に起きていた。
きわめて微細な動きに思えるが、フングストは実験で自らハンス役を担い、この動きを手がかりにハンス並の正解率を出すことに成功している。また一方では、質問者の微細な動きを意図的に出せるように訓練を行い、ハンスの答えを自在にコントロールすることにも成功している。
つまりハンスは、人のわずかな動きを手がかりに正解を導き出していたことが確かめられたのである。その点では、まさに“賢い”馬だったわけである。
【参考情報】
- オスカル・プフングスト 『ウマはなぜ「計算」できたのか―「りこうなハンス効果」の発見』(現代人文社)
- 羽仁礼 『超常現象大事典』 (成甲書房)
- 安斎育郎 『人はなぜ騙されるのか』 (朝日新聞社)
- The Skeptic’s Dictionary「Clever Hans phenomenon」(http://skepdic.com/cleverhans.html)
- SkepticWiki 「Clever Hans Effect」(http://www.skepticwiki.org/index.php/Clever_Hans_Effect)
- カール・シファキス『詐欺とペテンの大百科』 (青土社)
- James Randi Educational Foundation「An Encyclopedia of Claims, Frauds, and Hoaxes of the Occult and Supernatural/Lady Wonder」(http://www.randi.org/encyclopedia/Lady Wonder.html)