伝説
いにしえの時代、現代文明をはるかにしのぐアトランティスと呼ばれる超古代文明が存在した。場所は「ヘラクレスの柱」の外側で、そこにはリビアとアジアを合わせたほどの大陸が存在していたという。
この大陸にはアトランティス人が住んでおり、彼らは非常に徳が高く、聡明だった。文明も非常に発達しており、島で使うエネルギーはレーザーを用いた遠隔操作によって供給されていた。
また「オリハルコン」と呼ばれる超金属を自在に操ることにより、飛行機や潜水艦なども建造。その高度な超技術は揺るぎないものだった。
しかし、これだけ高度な文明を誇っていたアトランティスにも終わりの時は訪れる。今から約1万2000年前に大地震と大洪水が大陸を襲い、わずか一昼夜のうちに海中に没して姿を消してしまったのである。(以下、謎解きに続く)
謎解き
超古代文明アトランティスといえば、世界一有名な伝説の文明であり、私もかつて大変ハマった。
そんな人気のアトランティスも元をたどっていくと2冊の本にたどりつく。古代ギリシアの哲学者プラトン(紀元前427~前347年)の著書『ティマイオス』と『クリティアス』である。
多くの場合、この2冊に書かれている話は全面的に真実であるか、もしくは歴史的事実が芯にあり、まわりにいろいろなものが付け加わった伝承だと信じられているようだ。
はたして本当なのだろうか。ここではアトランティス実在の証拠として扱われることが多い、いくつかの説を検証してみたい。
ビミニ・ロードはアトランティスの遺跡?
最初はビミニ・ロード。これはフロリダ半島のマイアミから東に約90キロ離れたビミニ諸島沖にある石畳のようなものだ。
発見されたのは1968年。水深7メートルほどの浅瀬に沈む四角い石が、「J」の字を描くように約1.2キロにわたって敷き詰められていた。
自然にできたとは思えないその人工的な形から、これを「遺跡」の一部だと考える人たちがいる。そしてそれは大西洋に沈んだとされるアトランティスの遺跡の一部ではないかという。
海底に沈んだ超古代文明の名残とはなんともロマンがある話だ。けれどもちょっとここで冷静になってみよう。ビミニ・ロードは大西洋のどのあたりにあるのだろうか?
確かフロリダ半島のマイアミから東に約90キロ、Googleマップで確認してみると……
とんでもなく度外れな場所にあるではないか。さすがにこれだけ外れにあるものをアトランティスと結びつけるのは無茶だろう。
そもそもビミニ・ロードは海底に潜って実際に地質調査が何度も行われており、自然にできた岩であることが判明している。
南フロリダ大学の地質学者ユージン・シンは、海底の岩を掘るボーリング調査までした研究者の1人だ。シンによればビミニ・ロードの岩は堆積岩だという。これは海面が低かった時に砕けた貝殻や砂利などの堆積物が積もって形になり、その後、海面が上がって沈んだものだ。
この堆積岩は石灰岩でもあるため、節理(ズレのない割れ目)が比較的入りやすい。節理が入った亀裂だらけの岩は、波や海洋生物によって浸食され、節理に沿って砕けていく。
こうしてできたのが、まるで石畳のようなビミニ・ロードである。周辺海域には似たような自然にできた海底の岩場がいつくもあり、とくにフロリダ半島南西のドライ・トートゥガス諸島にある堆積岩はよくできている。(下の写真)
しかし遺跡説はこれで終わらない。ビミニ島の沖合の海底にはセメント製の円柱がいつくも沈んでいるという。遺跡説の重要な証拠になるともいう。
これは確かに人工物だった。ただしアトランティス製のものではなかった。専門家による詳しい分析の結果わかったのは、まずセメントはアメリカ、イギリス、フランス、ベルギーのいずれかの国の石灰釜を使って作られたということだった。
次にそのセメント製の円柱とされたものは、すべて中央の部分が膨らんだ「樽」の形をしていた。また長さは70センチ、直径は50センチと揃っていたことから、もとは樽にセメントを流し込んで作られた建築資材だと考えられた。
建築資材は船で運ばれる。しかし船が難破して崩れ出したか海中投棄されたかしてしまい、外側の木が海中で腐って中のセメントだけが残ってしまった。それが今回の海中に沈んだ樽形のセメントだと考えられている。
人工物ではあったものの、残念ながらアトランティスとは関係がない。
ミノア文明はアトランティス伝説の元になった?
次はミノア文明起源説。これはエーゲ海にあるティラ島(別名サントリーニ島)の火山が紀元前1500年頃に爆発し、その影響で当時栄えていた近くのクレタ島のミノア文明が崩壊、この話がアトランティスの伝説を生んだという説である。
この説はかつて私がアトランティス伝説を信じていた頃に最も信憑性があると思っていた説だったが、実際はこの説にも難点があることが判明している。
年代がまったく合わない
まず年代について。プラトンの記述から計算すると、アトランティスが海中に没したのは紀元前1万年頃になる。一方、ティラ島で起きた火山の爆発は紀元前1500年頃。年代がまったく合わない。
一致しない特徴
年代以外にもプラトンの記述との相違点は多い。たとえばミノア文明説ではティラ島の火山が噴火したことでミノア文明は滅んだと主張されている。ところがプラトンのアトランティス伝説には火山の噴火に関することは何も書かれていない。
またこの他にも、プラトンによればアトランティスは海洋帝国で多くの植民地をもち、鉱山資源にも大変恵まれていたという。対してミノアは大帝国ではなく、鉱山資源も必要な金属のほとんどを輸入しなければならないほど乏しかった。
また、よくいわれる雄牛をつかまえる儀式の一致というのも、実際はミノアよりエジプトにあった儀式に似ているとされている。他にも一致しない点はたくさんある。こうしたことから、インディアナ大学のケーシー・フレデリクスは次のように指摘する。
ティラ島説の支持者がテキストの「訂正」を終えた後に、プラトン自身が書いたもとの文章がいったいどれだけ残されているだろう?
プラトンの説明に、火山説と明示的あるいは直接的に関係するようなことが何一つ書かれていないのは確かである。あらかじめ用意されたティラ島仮説に二つの対話篇をいろいろな箇所で対応させるには、プラトンの記述を大幅に書き換えるしかないのである。
『スタイビング教授の超古代文明謎解き講座』(太田出版)より
ミノア文明は火山噴火によって滅んでいなかった
このように欠陥が多いミノア文明説。しかし実は最も致命的なのは、そもそもミノア文明はティラ島の火山噴火によって滅んでいなかったことが判明している点だ。
地層の調査では、噴火当時の層の上から、新たに発達した様式の土器が発見されている。つまりティラ島の噴火は、ミノア文明を終わらせるほどの被害を及ぼしていなかった。
ミノア文明は噴火後、少なくとも50年間は続き、ミノア文明の象徴でもあったクノッソス宮殿にいたってはその後100年以上も存続したことがわかっている。
大地震と大洪水によって、わずか一昼夜にして大陸ごと沈んでしまったというアトランティスとは大違いだ。ミノア文明説にも残念ながら望みがない。
大西洋にアトランティス大陸発見のニュース
続いては、2013年5月に話題となった「大西洋にアトランティスの痕跡? しんかい、陸特有の岩発見」というニュースについて。
これは日本の潜水艇「しんかい6500」が、大西洋の海底を調査中に、陸地でしか組成されない花こう岩を発見したというものだ。ブラジル政府はこれを受け、「伝説のアトランティス大陸のような陸地が存在した極めて強い証拠」だと発表。日本とブラジルで大きく報じられることになった。当時、このニュースを知って驚いた方もおられるかもしれない。
私はこのニュースを知って驚いた一人だ。もしブラジル政府の発表が事実であれば世紀の大発見である。そこでこのアトランティス=大西洋説に深く関係するニュースについて詳しく情報を追ってみることにした。
すると問題の海底調査に参加した海洋研究開発機構の北里洋首席研究員と豊福高志研究員が、実際に行われた調査の真相をレポートしていることがわかった。ここではそのレポートをもとに真相を追ってみよう。
大西洋で見つかった陸地の正体
実は2013年5月6日の先述のニュースを見て驚いたのは我々だけではなかった。当時、ブラジルの海上で「しんかい6500」を積んだ調査船「よこすか」の船上で過ごしていた豊福高志研究員ら当事者の方々も、ネットのニュースを見て驚いていたのだという。
おい、俺たちが「アトランティス」を発見したって、日本のネットで大騒ぎだぞ!
一仕事終え、のんびりと船上でネットをチェックしていた研究員の1人が突然このように言い出したことで、船上の研究員たちは自分たちがいつの間にか伝説のアトランティスの発見者になっていることに気づかされた。
このニュースはまたたく間に日本を駆け巡り、ブラジルでは日本以上に大きく報道されたという。タクシーに乗った際には運転手から「君たちがあのアトランティス発見の研究者か」と声をかけられたそうだ。
ところがこのニュース、実際は真相が違っていた。発見したのはアトランティス大陸の痕跡ではなく、「花こう岩の崖」だったのである。そもそも「しんかい6500」が海底を調査していた目的は、ブラジル沖の海底にそびえる「リオ・グランデライズ」という海山の成因を明らかにすることだった。
この海山(崖)ができた原因については、かつて存在していた大陸の名残である可能性が考えられていた。しかし、ここでいう大陸とはアトランティスのことではない。今から約1億年以上前に南米大陸とアフリカ大陸がひとつにつながっていた際に存在していた超大陸のことである。
この超大陸は約1億年以上前に東西に分裂したと考えられているが、その分裂の際、取り残された名残がリオ・グランデライズではないか、というのが有力な仮説のひとつだった。
もし大陸の名残であれば、南米大陸の地殻と類似性の高い花こう岩が見つかるはずである。そこで海底調査が行われた結果、今回発見されたのが花こう岩の崖だったというわけだ。海山の成因はかつての超大陸にあったのである。
ところがこれは一方で、「伝説のアトランティス大陸のような陸地が存在した極めて強い証拠」というブラジル政府の発表が早とちりだったことを意味する。残念ながら、アトランティス大陸が大西洋に存在していた可能性は低いようだ。
プラトンのアトランティス物語
さて以上のように、アトランティスを実在した超古代文明と考えるのは難しい。だがそもそもプラトンは、超古代文明アトランティスの実在をメインにして主張したかったのだろうか。
実は彼の著作を読むと、とてもそうは思えない。というのも、『ティマイオス』にしろ『クリティアス』にしろ、話の主役は古代ギリシアで、アトランティスはその主役を引き立たせるための悪役という設定になっているからだ。
これはどういうことか。物語の流れを読めばわかる。最初の『ティマイオス』では、理想の国家とは何ぞや、という話のおさらいから始まる。前日に登場人物たちが理想の国家について話し合っていたのだという。ここでの理想国家とは共産主義的軍事国家だ。
おさらいが終わり、読者が理想の国家の概要をつかめたところで、登場人物の一人、ソクラテスが次のようなことを言う。「今は立派な動物を絵に描いただけのような状態だが、この動物が実際に動くところを見てみたいものだ」と。
するとここでタイミング良く、別の登場人物のクリティアスが思い出す。そういえば昔、その理想の国家にそっくりの国があったという話を聞いた。それは古代のギリシアだったと。
対話の中で、古代ギリシアの国家と人々は絶賛される。
「およそ人類を通じて最も立派な、最もすぐれた種族」
「戦争に関しても最強であれば、あらゆる面で卓抜した法秩序を持っていた」
こうした古代ギリシア絶賛の中で登場するのがアトランティスである。アトランティスは紀元前1万年頃、大西洋を起点にヨーロッパとアジアを侵略しようとした帝国主義的軍事国家だったという。
古代ギリシアは、その悪役アトランティスが地中海の周辺国を支配しようと攻め込んできたときに孤軍奮闘。劣勢をはねのけて大勝利し、周辺国から大いに称賛されたと話は続く。
ところがその後、大地震と大洪水が発生。古代ギリシアは戦士がすべて大地にのみこまれるほどの被害を負った一方で、アトランティスは大陸ごとすべてが消滅してしまったという。
これがアトランティスが登場する物語の概要である。物語の中では登場人物たちが理想の国家を語り、その国家は書き手のプラトンの理想と一致する。
さらにその理想国家は絵に描いた餅ではなく、かつて古代ギリシアとして存在していたとされる。アトランティスはその引き立て役だった。
しかし現在、プラトンが描いた古代国家ギリシアが紀元前約1万年に実在していたと主張する人はほとんどいない。
皆、消えたアトランティスばかりに注目し、主役だった古代ギリシアは忘れられるか、空想の産物だとして片付けてしまう。
唯一の原典を書きながら、プラトンの意図は一般には伝わらなかった。もはやアトランティスは彼のもとを離れ、夢とロマンの世界へ飛び立っている。
【参考資料】
- プラトン『プラトン全集12』(岩波書店、1975年)
- ムー特別編集『世界超文明大百科』(学研、1989年)
- L. Sprague De Camp『Lost Continents』(Dover 1970年)
- Eugene A. Shinn「A Geologist’s Adventures with Bimini Beachrock and Atlantis True Believers」『Skeptical Inquirer』(Vol28.1, January / February 2004)
- ウィリアム・H・スタイビングJr『スタイビング教授の超古代文明謎解き講座』(太田出版、1999年)
- ピーター・ジェイムズ、ニック・ソープ『古代文明の謎はどこまで解けたかⅠ』(太田出版、2002年)
- ロバート・F・バージェス『海底の1万2000年』(心交社、1991年)
- 「都市伝説の真相 アトランティス」(ナショナル・ジオグラフィック・チャンネル、2016年4月4日放送)
- 共同通信「大西洋にアトランティスの痕跡? しんかい、陸特有の岩発見」2013年5月6日(http://www.47news.jp/CN/201305/CN2013050601001729.html)
- 北里洋「QUELLEレポート:リオグランデ海膨八景」(http://www.jamstec.go.jp/quelle2013/report/20130416.html)
- 豊福高志「『幻のアトランティス発見』顛末記(1)」(http://business.nikkeibp.co.jp/article/report/20130822/252513/)
- 豊福高志「『幻のアトランティス発見』顛末記(3)」(http://business.nikkeibp.co.jp/article/report/20130822/252516/)
- 豊福高志「『幻のアトランティス発見』顛末記(4)」(http://business.nikkeibp.co.jp/article/report/20130822/252517/)