インドの予言者アビギャ・アナンドは新型コロナウイルスの流行を予言したのか?

伝説

2020年、世界中で新型コロナウイルスが猛威を振るうなか、その世界的な大流行を事前に予言していた人物がいる。

インドの予言者、アビギャ・アナンドである。彼は2019年8月22日、YouTubeにアップした動画のなかで、その後に起きる恐るべき未来を占星術をもとに予言した。

アナンドの予言を要約すると、次のようになる。

2019年末からウイルスのパンデミックが発生。2020年3月29日から4月2日にかけて状況が悪化していき、5月29日にいったん勢いが収まる。しかし、それは二日間だけのことで、その後は6月まで良い知らせが何もない。

また、この期間中、航空機、自動車、バイク産業は深刻な打撃を受けるだろう。

驚くべきことに、予言はすべて的中している。しかもその内容に曖昧さはなく、動画は2019年の8月にアップされていた。そこに解釈の余地やトリックの可能性はない。

アナンドは未来を正確に見通していたのである。(以下、謎解きに続く)

謎解き

アナンドの予言動画は、2021年1月現在、再生回数が810万回を超えるほど大きな注目を集めている。

ブレイクのきっかけは、アメリカのビジネスメディア『インターナショナル・ビジネス・タイムズ』が配信した、2020年4月4日の記事だった。

この記事では、アナンドを新型コロナウイルスの世界的大流行を予言した予言者として紹介。その評判は母国のインドのみならず、英語圏やスペイン語圏にまで及んだ。

日本でもオンラインの記事やYouTube、さらにはテレビ番組でも紹介され、広く知られるようになった。

しかし、そうしたものでは、予言が的中していたという前提で話が進められていることが多い。本当にそうなのだろうか?

ここでは実際に内容を確認し、アナンドの予言とされるものを検証してみたい。

予言の中身

まず、対象となる2019年8月22日にアップされた動画の構成を確認しよう。長さは全部で20分52秒あり、そのうち15分45秒までが英語で話され、15分46秒から最後までは、英語版の内容を要約したものをヒンディー語で話すという構成になっている。

アナンドが話す英語はなまりが強く、音声も室内で反響しているため、非常に聞き取りづらい。そこで、聞き取りについてはASIOSの羽仁礼氏とナカイサヤカ氏にもご協力いただいた。

次に、その内容。アナンドは、新型コロナウイルスのことを本当に予言していたのだろうか?

結論から先に述べれば、彼はそうした予言をしていなかった。動画のなかで、「新型コロナウイルス」という言葉はもちろん、「ウイルス」という言葉もまったく出てこない。日付けを特定してパンデミックが起きるということもまったく言っていない。

アナンドが唯一、言っているのはもっと漠然とした「病気」のことだった。彼は10分35秒から次のように話している。

世界に広く病気が広がるかもしれない。世界で起こらなければ、インドがひどく苦しむだろう。

ご存知のように新型コロナウイルスの流行は、「インドか、それ以外か」などという話ではなく、インドも含んだ大流行の話である。

しかも、その深刻さは100年に一度と言われるほど重大なものにもかかわらず、アナンドが曖昧な病気について話したのは、動画全体の長さが20分以上もあるなかで、たったここだけ。

さらにこのわずかな言及も、要約されたヒンディー語版では無くなっている。アナンドがこの話をまったく重要視していなかったのは明らかだと思われる。

もともと動画は英語版だけで15分以上もあり、その間にたくさんの悲観的な話題や言葉が登場する(一部、例をあげればサイクロン、地すべりなど)。曖昧な病気の話はそのうちの瞬間的な小ネタだった。

ただ、そうなると逆に気になるのは、15分以上もの時間を費やして、結局、アナンドは何を伝えたかったのか?ということだ。

実は、彼が最も力を入れて伝えようとしていたのは、「戦争」のことだった。

動画の内容は戦争を予言するもの

アナンドの予言をまとめると次のようになる。

2019年11月から2020年4月の間に、世界は大きな危機に直面する。
とくに危ないのは火星と土星のコンジャンクション(合わさること)が起きる2020年3月31日の午後4時30分から。
広島や長崎の原爆のようなことが起きる。
アメリカとイランの間では戦争が99%の確率で起きる。
インドとパキスタンの間でも戦争が起きる。
さらに北朝鮮、中国、イギリス、イスラエル、サウジアラビア、そのほかの産油国や富裕国も戦争で苦しむ。
こうした困難を解決するためには神を信じなければならない。

そう、彼の予言とは、危機感を煽って神への信仰をうながすという、古今東西で繰り返されてきたよくある言説にすぎないものだった。

ちなみに原爆の話はとくに警告したかったのか、動画がスタートする前のキャプチャー画面(下記参照)にイメージとして使われている。

画面の右側が原爆のイメージ図

また、99%の確率で起きる戦争についても重要視していたようだ。動画の5分頃には画面がアップになり、後ろに貼ってあったポスターが映される。

そこでは、以下のように文字でも視聴者に示された。

赤線を引いた箇所に戦争のことが書いてある

また、こうした戦争がエスカレートすることで起きるかもしれないのが「第三次世界大戦」だという。これは最も目立つポスターのど真ん中にデカデカと書かれている。

赤線を引いた「WWWⅢ」が第三次世界大戦のこと

さらにアナンドによれば、こうした戦争によって金や原油の価格が高騰し、通貨の価値は下がり、原油の高騰を受けて、航空機、自動車、バイク産業は大いに苦しむことになるという。

さて、ご存知のようにアナンドが予言した戦争はまったく起きなかった。金の価格は戦争が理由ではなく新型コロナウイルスの影響などで上昇したが、原油の価格は逆に大暴落した。

ニューヨークの原油先物相場では、2020年1月21日に1バレル=58.38ドルだった原油の価格が、同年4月20日には1バレル=マイナス37.63ドルにまで大暴落。史上初めて価格がマイナスになった。これは売り手が買い手にお金を払って原油を引き取ってもらうという異常事態だった。

航空機や自動車産業は苦しんでいるが、これも戦争が理由ではない。新型コロナウイルスの流行によって、移動の自粛や工場の停止などが起こったことが主な原因だった。

こうして振り返ってみると、アナンドはまったく未来を見通せていなかったことがわかる。

しかし【伝説】でも紹介したように、航空機産業などが苦しむ話を一部だけ切り取れば、簡単にニセ予言をつくることはできてしまう。

そもそも、20分以上にわたって曖昧な言葉を散りばめた話が続くアナンドの予言動画なら、新型コロナウイルスに限らず、他のことでも何かしら予言していたことにできるのではないだろうか。

予言の常道とは、外れを無視し、当たりをこじつけることである。アナンドの予言は、まさにその道のど真ん中を行く特徴を持っている。

おそらく今後も、彼は予言を「的中」させ続けるだろう。周囲がそれを望み、期待する限り、彼は予言者として成功し続けるのである。

【参考資料】

  • 「SEVERE DANGER TO THE WORLD FROM NOV 2019 TO APRIL 2020—Abhigya in English and Hindi」(https://youtu.be/nZyNhpqMIHY?t=1)
  • Nirmal Narayanan「Teen astrologer who foresaw coronavirus outbreak makes another prediction, and it is scarier than never before」『International Business Times』(https://www.ibtimes.sg/teen-astrologer-who-foresaw-coronavirus-outbreak-makes-another-prediction-it-scarier-never-42346)
  • 「5月29日以降、コロナ収束」新型コロナを“完全予言”した14才の占い師!「今年12月により深刻なパンデミック」『TOCANA』(https://tocana.jp/2020/04/post_151308_entry.html)
  • 『マツコの知らない世界 予言ビジネスの世界』(2020年8月4日放送)
  • 宇佐和通「コロナ禍を予言したインドの少年占星術師が警告! 2021年の経済崩壊・新たな疫病、そして戦争の恐怖」『ムーPLUS』(https://muplus.jp/n/nadbd658af596)
  • Lucía Gardel「No, niño indio no predijo el coronavirus en 2019」『ColombiaCheck』(https://colombiacheck.com/index.php/chequeos/no-nino-indio-no-predijo-el-coronavirus-en-2019?page=1)
  • 「Las predicciones fallidas del niño indio que “alertó” sobre el coronavirus」『Infobae』(https://www.infobae.com/america/mundo/2020/06/10/las-predicciones-fallidas-del-nino-indio-que-alerto-sobre-el-coronavirus/)
  • 「पड़ताल: क्या मात्र 14 साल के इस ज्योतिषी ने कोरोना की सटीक भविष्यवाणी कर दी थी? – Fact Check: Did a teenage astrologer Abhigya Anand in 2019 predicted the Corona virus COVID-19 outbreak」『The Lallan Top』(https://www.thelallantop.com/factcheck/fact-check-did-a-teenage-astrologer-abhigya-anand-in-2019-predicted-the-corona-virus-covid-19-outbreak/)
  • 「原油価格 金先物価格 リアルタイムチャート」(https://nikkei225jp.com/oil/)
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