伝説
1961年、いつもはほとんど干上がっているペルーのイカ川が氾濫し、あたり一帯が水浸しになった。それは南米のアンデス地方にとって数十年ぶりの大豪雨。突然、増水したイカ川はオクカヘ砂漠の砂を海へと押し流し、それと共に奇妙な絵が彫りこまれた石が発見された。
石は半ば砂に埋まっていた状態で岸辺に散らばっていたという。発見者は地元の農民である。この石が奇妙だったのは、南米では生息するはずのない動植物や、今から6500万年前に絶滅したとされている恐竜と人類の絵、さらには天体観測や外科手術の様子など、高度な文明が存在していたことを示す絵が描かれていたことだ。
これが、通称「カブレラ・ストーン」である。名前は、イカの町で診療所を営んでいた好事家の医師ハヴィエル・カブレラ博士が精力的に収集、保存に努めたことに由来する。
カブレラ・ストーンは1967年にペルーのマウリシオ・ホッホシルト社が行なった年代測定の結果、1万2000年以上前に作られたということがわかった。また2004年に国立ペルー文化研究所のカルロス・カノが行なった年代測定でも、大変古い時期に彫られたものだという結果が出ている。(以下、謎解きに続く)
Photo by Stephen Wagner「The Ica Stones」(http://paranormal.about.com/od/ancientanomalies/ig/Most-Puzzling-Ancient-Artifact/The-Ica-Stones.htm)
謎解き
この「カブレラ・ストーン」は別名「Ica(イカ)の石」としても有名である。2004年8月26日に放送されたフジテレビの「奇跡体験!アンビリバボー」でも紹介され、大きな話題を呼んだ。
番組いわく「考古学の常識を根底から覆す大発見」だという。しかしそれにもかかわらず考古学会に認められないのは、「自分たちが今まで教えてきたことが根底から覆されることを恐れ、その事実を認めない」せいだという。
本当だろうか? 認められなかったり相手にされなかったりするのは、何か大きな欠陥があるからではないだろうか。詳しくは以下で見てみよう。
発掘現場の存在が確認されていない
カブレラ・ストーンは地元の農民が見つけたと称する石を、カブレラ博士が買い取る形で集められた。一応、発掘現場はカブレラ博士がバジリオ・ウチュヤという農民から聞き出し、この2人だけは発掘現場を知っていることになっていた。
しかし2人は亡くなるまでその場所を秘密にし続けたため、発掘現場の存在はこれまで一度も客観的に確認されたことがない。 この発掘現場が確認されていないという点は、カブレラ・ストーンの最大の欠点である。
現場がわからなければ本当に発掘されたものか確認が取れない。さらにカブレラ・ストーンのような無機物の石は、年代測定をする際に発掘現場の地層や、同時に発掘された有機物を慎重に考慮して調べなければ正確な年代も特定できない。
ところが【伝説】でいわれる年代測定では、発掘現場が不明であるためにそういった現場の状況が考慮されていないのである。これでは正確さに欠ける年代測定だと指摘せざるを得ず、その結果も信用できるとは言いがたい。
ちなみに、カブレラ・ストーンと同種の石がプレ・インカ時代の墓から発掘されているという話がある。よく引き合いに出されるのは、1966年にペルー工科大学学長のサンチアゴ・カルボと、ペルー国立考古学研究所のアレハンドロ・ペシアの2人が発掘したというもの。
しかしこのとき見つかった石の表面には、羽を広げて飛ぶ鳥と、反対側に星形のような絵が彫られているだけだった。カブレラ・ストーンのように恐竜の絵や超古代文明を示唆する絵が彫られていたわけではなく、同種の石と判断する根拠はないとされている。
名乗り出た偽造者
先述のバジリオ・ウチュヤは、実は1977年にイギリスBBCの「古代の宇宙人飛行士の実情」(The Case of the Ancient Astronauts)という番組の取材に対し、カブレラ・ストーンは自分と妻のイルマが作った贋作であると告白している。
ウチュヤによれば、石は自宅近くの山などで見つけたものを使い、石の加工は数種類の金属工具を使ったのだという。また色は靴墨を使って黒くし、ロバや牛の糞の中で焼くことで古色蒼然とした古い外観に見せかけることができたという。
この話は裏付けが取れている。番組の取材班がカブレラ・ストーンをイギリスへ持ち帰り、ロンドンの地質科学研究所で鑑定をしてもらったのだ。その結果、「比較的最近作られた偽造品である」との鑑定結果が出ている。
また他にもスペインの研究家ヴィンセント・パリスが行った調査も偽造説を裏付けている。パリスはカブレラ・ストーンを詳しく調べるため、ペルーに何度も足を運び、カブレラ博士やウチュヤ夫妻、それに地元の農民たちに取材し、4年に渡る調査を行なった。
その結果、偽造の際の原料となる石の掘り出しから、工具の使い方に着色の仕方まで、その裏付けを取ることに成功。さらに持ち帰ったカブレラ・ストーンを詳しく調べたところ、偽造の際に絵の下書きに使われたと思われる鉛筆の跡も発見している。
特別な才能や専門知識は必要ない
しかしこういった偽造説を裏付ける証拠が出ても、カブレラ・ストーンを本物だと信じる人たちは決して揺るがない。いわく、石に彫られている様々な絵を描くには特別な才能や専門知識が必要で、それらを持たない田舎の農民には到底制作できないという。
しかしこれは大げさな話だと考えられる。カブレラ・ストーンに描かれている絵はお世辞にも上手いとは言えない。様々な題材も、すべてゼロから想像する必要はなく、雑誌や漫画などに載っている写真や絵からネタを持ってくれば済む話である。
実際、ウチュヤは偽造する際、漫画、雑誌、教科書、新聞などに載っている絵を元ネタにしていたと語っている。さらにパリスがペルーの博物館を訪れた際には、カブレラ・ストーンに彫られた絵とよく似た展示品をいくつも見つけている。
博物館の館長の話によれば、農民たちがよく来てノートに書き写しているのだという。それらをネタにして石を偽造し、観光客や好事家に売りつけているそうだ。
このように大げさな才能や知識がなくとも絵は彫れる。そもそも、すべてのカブレラ・ストーンがまともというわけでもない。中には最近作られた車の絵だったり、オタマジャクシのように変態して成長する恐竜の絵だったり、明らかにおかしな題材が含まれている場合もある。
しかしカブレラ・ストーンを支持する人たちは、こういった題材だけを偽物として分類するか、通説の方が間違っているとして新発見の本物として分類してしまう。
また逆に、普通に生息する動物の絵にもかかわらず、それらを数千万年前に絶滅した動物だと判断してしまう場合もある。
つまり偽造する側に大した識別能力がなく、おかしなものや平凡なものを作ってしまっても、収集する側がそれらを都合の良いように判断してしまっている状況が浮き彫りになってくるのである。
一貫しない見分け方
さて、このようにカブレラ・ストーンの信憑性には大きな疑問符がつく。
しかしカブレラ博士はそれでも本物はあると主張する。いざというときは、石が本物か偽物かを確かめる確実な方法があるという。石を落としたとき、本物は簡単に割れてしまうのに、偽物は硬くてまったく割れてしまうことがないというのだ。
この方法は信用できるのだろうか。実はカブレラ博士は別のところでは全然違う方法を実演している。その様子がわかる話を、超常現象研究家の南山宏氏がカブレラ博士に取材したときの記事から引用しよう。
私はできるだけ自分で直接取材して判断するようにしているんです。中には現地取材までしたんだけど、どうも怪しくて記事にしなかったというオーパーツもあるんですよ。そういう怪しいものまで載せたら他のものまで偽物だと思われかねないですから。
最近文藝春秋が『ICA 模様石に秘められた謎』という本を出したんですが、(中略)実は私はこれは怪しいと思っているんです。今からもう20年近く前になるんですが、私もこの模様石を現地まで調べに行ってますし、これを収集しているカブレラ氏にも直接取材しています。
で、どう怪しいかと言うと、まず掘り出された経緯が良くない。農民が掘り出したというものを受け取っているだけなんです。並べられているものを見ていると、普通の自動車が描かれたものが混ざっていたんです。そこで、『いくら何でもこれが古代のものなんですか』と尋ねると、『これは偽物です』と言って割って見せるんです。さらに割ったものの表面を指して、『偽物はこのように染料が表面の浅い部分にしか染みていないのですぐわかります』と言い張るんです。
でも、本物と言われるものは割って見せてはくれないんですよ。だからそれも比較して確認することはできないんです。そうやって、恐竜や古代の地図など本物らしい図柄のものだけ残して、自動車が描いてあるようなのは偽物だからということで割ってしまうわけです。
南山宏、高橋克彦『超古代文明論』(徳間書店)より引用
偽物は硬くて割れなかったはずが、ここでは簡単に割ってしまっている。同じことは前出のヴィンセント・パリスの取材時にも起きている。カブレラ博士は偽物だと認定した石を、パリスの目の前であっさり割って見せたそうだ。
もうおわかりだろう。カブレラ博士の真偽判定法というのは一貫していないのである。これでは本物と偽物の見分けがつくという話も信憑性がきわめて低いと結論せざるを得ない。
【参考資料】
- コルネリア・ペトラトゥ、ベルナルト・ロイディンガー『ICA 模様石に秘められた謎』(文藝春秋、1996年)
- 浅川嘉富『恐竜と共に滅びた文明』(徳間書店、2004年)
- 高坂剋魅「世界宇宙考古学会報告」『UFOと宇宙』(ユニバース出版社、1978年3月号)
- オービス・パブリッシング『失われた世界への旅』(同朋舎出版、1996年)
- 前川光『人類は二度生まれた』(大日本図書、1986年)
- 長友恒人『考古学のための年代測定学入門』(古今書院、1999年)
- Massimo Polidoro「Ica Stones: Yabba-Dabba-Do!」『Skeptical Inquirer』(Volume 26.5, September / October 2002)
- Vincente Paris「LAS PIEDRAS DE ICA SON UN FRAUDE」(http://www.antiguosastronautas.com/articulos/Paris01.html)
- Stephen Wagner「The Mysterious Ica Stones」(http://paranormal.about.com/cs/ancientanomalies/a/aa041904_2.htm)