伝説
世界最高峰のエベレスト山があるヒマラヤには、古くから「イエティ」、または「雪男」と呼ばれるUMA(謎の未確認動物)の目撃談が報告されている。
最初に目撃談が西洋に紹介されたのは1832年のこと。ネパールの初代イギリス代理公使ブライアン・ホジソンが、「ネパールの哺乳類」という論文の中で、探検の途中で目撃したという謎の生物を報告している。
ホジソンによれば、その謎の生物は直立して歩き、全身は長い毛に覆われていて、尾はなかったという。
これが今日でいう「イエティ」の最初の公式記録である。このときは目撃談のみだったものの、1889年にはイギリス陸軍中尉のL・オースティン・ウォーデルが、西洋人として初めてイエティの足跡を発見。その存在は次第に具体性を帯びていく。
1951年11月になると、エベレスト登頂を目指したイギリスのエリック・シプトン率いる第8次英国エベレスト登山隊が、雪原に残されていたイエティの鮮明な足跡を写真におさめることに成功。
足跡の大きさは長さ約32センチ、幅約20センチもあり、写真が『ロンドン・タイムズ』紙に掲載されるやいなや、世界中で大きな話題を呼んだ。
続く1954年には、イギリスの『デイリー・メイル』紙がイエティ捜索隊を派遣。ヒマラヤの僧院に保存されていた「イエティの頭皮」や「ミイラ化した手首の骨」を発見している。
また1986年にはイギリス人のアンソニー・ウールドリッジが、ヒマラヤを単独で登山中、斜面にたたずむイエティを発見。その姿を世界で初めて写真にとらえた。さらに1996年には、ついに斜面を歩くイエティの姿がビデオに撮影されている。
そして2011年10月。ロシアのケメロボ州でイエティに関する初の国際会議が開催され、イエティが存在する確率は95%であると結論づけられた。もはやその存在に疑いはない。イエティが我々の前に姿を現すのは時間の問題なのである。(以下、謎解きに続く)
謎解き
イエティは、獣人タイプの「ビッグフット」に分類されることが多い有名なUMAである。しかし主に北米大陸での目撃報告が多いビッグフットすべてを扱うと、このページにはとても収まらない。
そこで本稿では、ビッグフットの中でも「イエティ」(俗に言う「ヒマラヤの雪男」)に焦点をしぼって扱っていくことにしたい。このイエティはこれまでに報告されている目撃証言を総合すると、体長が1.5メートル~4.5メートルほど。二足歩行の類人猿で、顔以外はすべて毛でおおわれているとされる。
証拠も、足跡はもとより、頭皮、骨、毛、写真、動画などまであるとされ、比較的豊富である。なかなか期待できそうだ。
けれども慎重に順を追って調べてみると、そう簡単な話ではないこともわかってきた。いったいどういうことか。詳しくは以下で見ていこう。
1832年、ブライアン・H・ホジソンによる最初の報告
この最初の報告では、ホジソンは部下から聞いた話を紹介しただけで、彼自身は何も目撃していない。一応、話を紹介したもののイエティだとは考えておらず、正体は既知の猿の一種だと推測していた。
1889年、ウォーデルによる最初の足跡の発見
この足跡は、インド・シッキム州の標高約5000メートルの雪原で発見された。しかしウォーデル自身はこの足跡について、正体はヒグマであろうと結論している。
1951年、エリック・シプトンが撮影した最初の足跡写真
シプトンが撮影した写真は50年代のヒマラヤ探検ブームのきっかけとなった重要な写真である。イエティ実在の重要な証拠だとする意見がある一方、ヒマラヤに生息する既知の動物の足跡がとけて変形したものにすぎないという意見も根強い。
しかしここで注意しなければならないのは、足跡自体が偽物である可能性だ。というのもシプトンについては、登山家仲間たちの間で悪ふざけが好きなホラ吹きだという評判があるからである。
たとえばモーリス・ウィルソンというイギリスの登山家が亡くなったときには、遺体のそばに「女装フェチの日記と女性用の衣服」が落ちていたという大ホラを吹いた。イギリスの地質学者で登山家のノエル・オデルとチームを組んだ際には、オデルが岩をサンドイッチと間違えて食べたなどというホラも吹いている。
イエティの足跡についても、発見時に先まで足跡が続いて残っていたため、その跡を400メートルほど追いかけたと主張していた。
ところが同じチームにいた登山家のウィリアム・マーリーの当時の日記には、シプトンの後を追ったことは書かれていても、イエティの足跡については一切書かれていないことが判明している。つまりシプトンの話は信憑性が高いとはいえないのだ。
1954年、ヒマラヤの僧院で発見された頭皮と手の骨
このとき発見された頭皮は、1960年にニュージーランドの登山家エドモンド・ヒラリー率いる登山隊がその一部を持ち帰り、アメリカで鑑定を実施している。
その結果は、ヒマラヤに生息するシーローというカモシカの一種の毛皮というものだった。頭皮が丸みを帯びていたのは腰の毛皮をつなぎ合わせて作られているからだということも判明している。
また、ヒマラヤのパンボチェ僧院に頭皮と共に保存されていたイエティの手の骨とされるものは、ロンドン動物園の霊長類研究員オスマン・ヒルによって鑑定され、明らかに人間のものであるという鑑定結果が出ている。
さらに2011年12月にはイギリス・エディンバラ動物園の遺伝学チームによってもDNA分析が行われ、やはり人間のものであるという結論が出されている。
Photo by 「Yeti is also known as the Abominable Snowman」(http://www.universe-galaxies-stars.com/Yeti.html)
1986年、アンソニー・ウールドリッジが撮影した世界初のイエティ写真
ウールドリッジによって撮影された写真は遠景版の方で見ると、かなり遠くから撮られたものであることがわかる。この距離では望遠レンズを使ったとしても、細部まで見分けることは困難だ。またウールドリッジは45分もの間、観察し続けたが、その間にイエティが移動することはまったくなかったという。
それもそのはず。実は翌年の夏に地元民によって撮られた写真にも、そのイエティだとされたものが、同じ場所に、同じ姿勢で立ち続けていたという。岩として。つまりウールドリッジがイエティだと思っていたものは、偶然それらしい形をしていた岩だったのだ。
Photo by Anthony B. Wooldridge「An encounter in Northern India」(http://www.bigfootencounters.com/articles/wooldridge.htm)
1996年に世界で初めて撮影されたイエティのビデオ
このビデオは「スノー・ウォーカー・ビデオ」と呼ばれる。イエティ実在の決定的証拠といわれることもあるが、実際は1996年にアメリカのフォックス・テレビのプロデューサーによってつくられたイカサマ映像であることがわかっている。
映っているのはイエティではなくゴリラの着ぐるみをきた人。「The World’s Greatest Hoaxes」という番組で放送された。
2011年、ロシアで行われた国際会議
この会議では、ロシア、アメリカ、カナダ、モンゴル、スウェーデン、エストニア、中国の研究者が集まり、イエティに関する情報交換やロシアでの現地調査などが行われた。ニュースでも取り上げられたため、ご存知の方もいるかもしれない。
ところがこの国際会議、ニュースでは比較的まともであるかのように報じられていたが、実際はそうでもなかったようである。
まず会議の総括宣言として採択された「イエティ実在の可能性は95%」からして怪しかった。95%という数字の具体的な根拠がないのだ。また現地で行われた調査についても実際に参加した研究者から疑問の声があがっている。
疑問点を指摘しているのはアメリカ・アイダホ大学の人類学者で解剖学者のジェフリー・メルドラム。彼はアメリカにおけるビッグフット研究の第一人者として有名で、スタンスは肯定派である。
そんなメルドラムが、アメリカの『ハフィントン・ポスト』紙に次のように語っている。
「シベリアの地方公務員が、宣伝のためにすべての雪男のシナリオを企画したんです」「それはとても気まずい気持ちでした。なぜなら私はゲストとして参加したものの、明らかに周到な準備がされていたからです」
実際に調査に参加したメルドラムによれば、現地で発見された証拠品には不審な点が見られるという。たとえばケメロボ州のアザス洞窟で見つかった「イエティの右の足跡」とされるもの。
実はこの足跡が発見された洞窟内は広く、砂地もあったため、もしイエティが歩いていたのなら周囲にいくつも足跡が残っていなければおかしいという。
またメルドラムが洞窟の中に入って調査しようとした際には、なぜか現場にいた地元職員に呼び止められ、その間に「イエティの毛」とされるものが発見されている。
さらにシダの枝でつくられた「イエティのねぐら」なるものも発見されたが、そのねぐらは不自然に新しく、イエティの痕跡を示す毛髪の類も見つからなかった。それでもこれをもし本気でイエティのねぐらだと考えるならば、貴重な証拠として保存するはずである。
ところが現場にいた国際会議の主催者の一人、ロシア人類学国際センターのイゴール・ブルツェフ所長は信じられない行動に出たという。同行した取材カメラの前で、現場保存すらしていないそのねぐらにダイブするパフォーマンスを見せたのだ。
このような不審点は他にも見られた。そうした結果、メルドラムは現地で発見された証拠なるものはきわめて怪しく、地元に観光客を呼び寄せるために周到に準備されたものだったのではないかと考えている。
確かにイエティの探索といえば、何も物証を得られない場合も多い中で、この会議での調査ではとんとん拍子に「証拠」とするものが見つかっている。また、このイエティにかける地元自治体の意気込みには並々ならぬものがあり、証拠とされたものや総括宣言をテコに雪男ツアーまで企画する動きもあるそうだ。
よって、このロシアで行われた国際会議については、額面通りに受け取るのではなく、地元の思惑も考慮に入れておいた方がよさそうである。
経験豊富であっても見間違いは起こりえる
ここからは、その他の情報を検討していく。まずはイエティの見間違いの可能性について。
イエティは目撃報告を総合すると、大きさ別に3種類に大別できるとされる。さらに、それぞれの目撃現場には毛や糞まで残されていることがあるという。そこで1960年に組織された国際雪男学術探検隊が、その毛や糞の詳しい分析を行っている。
その結果はそれぞれ、大きい種類がヒグマ、中の種類がカモシカ、小さい種類はアカゲザルというものだった。しかし目撃者の中には経験豊富な登山家なども含まれている。既知の動物と見間違えるのだろうか?
これについては、当サイトの「Step3(超常現象編)」で示したUFO目撃報告におけるパイロットの誤認率の高さが参考になる。経験の豊富さは必ずしも目撃報告の正確さと直結しない。これはハンターの誤認による誤射事件が、毎年世界中で後を断たないことからもわかる。
足跡は重なり方や雪解けによって形が変わる
ヒマラヤのイエティの場合、その足跡は雪上に残されていることがほとんどである。「イエティ」だとされるのは、その大きさや、左右に2つしかない二足歩行を示す跡による。通常の四足動物であれば2本足で歩くこともなければ、足の大きさも合わないというわけだ。
ところがこういった考えには、四足動物の足跡が別々につき、必ず原形を留めているはずだという誤解がある。実際はそうならない場合も多い。
四足動物の場合、たとえば右の前足をつくと、その足跡に半分以上重なるかたちで右の後ろ足をついて歩くことがある(左も同じ)。このような歩き方は特にヒマラヤのように雪の多い場所に生息する動物にとって、雪をかきわけて歩く際の体力消耗を減らすメリットがある。すでに足跡がついている場所を歩いた方が楽だからだ。
つまりこうして前後の足が重なるかたちで歩くと、四足動物であっても見た目はまるで二足歩行の足跡のように見える。さらに雪上に残された足跡は、太陽があたるとその熱によって外縁がとける。すると四足動物の単独の足跡よりも、ずっと大きい足跡ができてしまうというわけである。
標高4000メートル以上でも動物は生息している
目撃報告や足跡の誤認例の話の際に持ち出される主張に、ヒマラヤでは標高4000メートル以上に誤認源となる動物は生息していない、というものがある。
しかし残念ながらこれは誤りである。たとえば足跡の誤認例の常連であるユキヒョウは、1987年に日本の防衛大学校の捜索隊に同行していた撮影チームによって、標高6000メートル地点を歩く姿がビデオにおさめられている。
またこの他にもヒマラヤでは、誤認源となるヤク、ブルーシープ、ヤギが標高6000メートル。羊、オオカミ、キツネは5800メートル。レイヨウ、ロバ、ガゼルは5500メートル。クマは5000メートル。カモシカは4300メートルでそれぞれ確認されている。
探検の資金源とするために利用されていた
イエティについては、これまで様々な捜索が行われてきた。しかし、その中にはイエティを未確認動物に仕立て上げることでエベレスト探検の資金源としていた事例も見つかっている。
たとえば1937年にはイギリスの登山家フランク・スマイズとエリック・シプトンがイエティの足跡だとするものをヒマラヤで発見。このニュースをきっかけにその後、多数のエベレスト探検隊が資金援助を得ることに成功している。
ところが1938年、実際にヒマラヤにも行ったドイツの動物学者で探検家のエルンスト・シェーファーが、イエティはチベットのクマだという話を本に書いて出版しようとした。
すると、スマイズとシプトンがシェーファーのもとを訪問。新刊で書く内容を英語の報道機関に発表しないように懇願したという。秘密が暴露されたら、エベレスト探検隊のために必要な資金が得られないというのだ。
つまりエベレストを探検する人たちの中には、イエティを謎の未確認動物とすることで資金源としたい思惑があったようである。また地元のヒマラヤでも、イエティの遺物とされるものを展示することで大金を稼いだり、捜索隊に協力することで生活している人たちもいる。
もちろん、こうした金銭絡みや客寄せとしての面がすべてではないことはわかっている。けれども実際に利用されている面があることも事実である。
ヒマラヤでは今後も目撃証言や証拠とされるものが報告されることはあるはずだ。その際には、上記のようなことに利用されて情報がゆがめられることなく、冷静な調査と判断が行われることを期待したい。
【参考資料】
- ジョン&アン・スペンサー『世界の謎と不思議百科』(扶桑社)
- S・ウェルフェア, J・フェアリー『アーサー・C・クラークのミステリー・ワールド』(角川書店)
- ピーター・バーン『ビッグフット』(金沢文庫)
- 並木伸一郎『未確認動物UMAの謎』(学習研究社)
- 荒俣宏『荒俣宏の20世紀ミステリー遺産』(集英社)
- 林寿郎『雪男 ヒマラヤ動物記』(毎日新聞社)
- 神谷敏郎『川に生きるイルカたち』(東京大学出版会)
- 飯島正広「ヒマラヤ動物紀行」(ポニーキャニオン)
- 「雪男伝説を追え!」(ナショナル・ジオグラフィック)
- Jerome Clark『Unexplained!』(Visible Ink Pr. 1998)
- Reinhold Messner『My Quest for the Yeti』(St Martins Pr)
- John Napier『BIGFOOT』(Sphere)
- Peter Hassall「50 Years Ago This Month」『Fortean Times』(November 2001)
- Joe Nickell『Camera Clues: A Handbook of Photographic Investigation』(Univ Pr of Kentucky)
- Obruchev S.V.「雪男問題の現状」『自然』(中央公論社,1960.02)
- 『2003イエティ捜索隊 全記録』(イエティ・プロジェクト・ジャパン)
- 『アジアのクマ達-その現状と未来-』(日本クマネットワーク)
- 『世界不思議物語』(リーダーズダイジェスト)
- 『世界大百科事典』(平凡社)
- 『朝日新聞』(2011年11月1日付朝刊、第14版、第26面)
- Web東奥・特集「ヒマラヤの雪男の謎を解明する / 根深誠さんの手記」(http://www.toonippo.co.jp/tokushuu/higuma/nebukanote/index.html)
- J-CASTニュース「『雪男』発見に向け大捜索行われる 本気で研究に取り組むロシア政府」(http://www.j-cast.com/2011/11/01111937.html?p=all)
- Loren Coleman「Bulgaria’s Bogus Bigfoot: Old Snow Walker Hoax」(http://www.cryptomundo.com/cryptozoo-news/bogus-bulgaria/)
- 「Bigfoot Encounters」(http://www.bigfootencounters.com/)
- 「Yeti finger mystery solved by Edinburgh scientists」BBC News(http://www.bbc.co.uk/news/uk-scotland-edinburgh-east-fife-16316397)
- Alastair Lawson「’Yeti hairs’ belong to a goat」BBC News(http://news.bbc.co.uk/2/hi/south_asia/7666900.stm)